「30億人を抱えるBRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)が世界経済を牽引する力になる」と指摘したのは2003年の米ゴールドマン・サックスのレポートであり、BRICs諸国を米企業のグローバル展開に国家戦略として取り込め、と04年末に提言したのが米競争力協議会(COC)の「イノベート・アメリカ」だった。そして、同提言を先頭切って実践しているのは、イノベート・アメリカの議長だったサミュエル・パルミザーノCEO(最高経営責任者)率いる米IBMである。

 こう書くと、あまりにも出来過ぎたシナリオのようだが、BRICsを巡るIBMの動きは急を告げている。従業員を2年半で9000人から4万3000人へと増やしたインドIBMを筆頭に、05年だけでBRICs従業員は3倍、同地域での売り上げは23%増えた。今年に入ってから研究・開発拠点は、ブラジルのサンパウロにLinux技術センターを、インドのバンガロールにソリューション&技術センター、上海とロシアにはメインフレーム開発研究所と立て続けに開設した。

 そして極めつきが、バンガロールでアナリストを集めた6月初旬の年次投資家会議。同会議の海外での開催も初めてだ。また、75年の歴史を持ち米国の外交戦略を動かすとも言われる外交問題評議会(CFR)の機関誌「Foreign Affaires」の最新号には、パルミザーノCEOが長論文「グローバルに統合した企業」を寄稿した。これは多国籍からグローバル企業に変身するIBMの基本的な企業戦略にほかならない。

 このようなIBMの活発な展開について、IBM戦略に詳しいRITAコンサルティングの伊東玄主席研究員は、「BRICsの驚異的な伸びを、IBMを成長させるための基本戦略に据えた経営資源(人材・R&D拠点・サービス拠点)の再配置」と分析する。その戦略の中心がインドだ。パルミザーノCEOはバンガロールで、「組織の階層を削減し、顧客に近いところにリソースを移す最初の構造改革を欧州で行い、うまくいっている」と話し、次の日本における構造改革を示唆している。

 IBMが投資家会議で説明した、この先のIT市場をどう捉えているかの市場観は特筆ものである。IBMは「世界の伝統的なIT市場は最近4年間で約25%拡大したが、拡大分をソリューションサービスが占めた」との認識を示し、「その上に今後4年間で30%の新規市場が追加される」と観測した。前者はハード価格の大幅下落を勘案すれば、大量の処理能力の供給の存在を意味し、ハードの重要性を再認識させる。新規市場は、企業のビジネスモデルを転換させるコンサルティングが活躍するイノベーションの領域だ。

 IBMは、「BRICs市場の主力はハードとソフト。その後サービスが拡大する」と説明した。BRICsでは、まずインフラビジネスの展開が起こり、ここに廉価な製品や廉価なシステムを投入し市場を席巻する。そうしておけば、あとはサービスが加速度的に増大するという構図である。特にハードビジネス主体であるのが明確だ。サービスがビジネスの中心となるのは、IT市場が真に成熟した国だけであり、日本を見れば分かるようにその地域は限定され飽和している。

 成熟地域でのIBMは、ビジネス変革という“美味しい”メッセージを投げ、コンサルティングを先頭に立てながらシステム再構築を仕掛けている。それがイノベーションでありSOA(サービス指向アーキテクチャ)だ。成熟した市場へはビジネス変革で攻め、これから成長する市場はインフラとプラットフォームで攻める。「実に合理的な戦略」(伊東主席研究員)。そして、その間に人材を育成し、BRICs市場が成熟する頃には、その人材がサービスビジネスを展開することになる。

 こうしたBRICs戦略の展開でIBMの売上成長は、従来の市場で年率2~3%、BRICsなどで同3%、M&A(企業の合併・買収)で同1~2%、と合計で同6~8%増、利益は同10~12%の成長を目指すという。この間、日本のIT企業が自社の経営体質改善にやっきになっているとしたら、まったく話にならないのである。