リース会計基準の見直し案が発表された。リース設備の資産計上を嫌うユーザー企業は、「所有から利用へ」とIT投資を変える可能性がある。それを見据えて新しいサービスを提供するベンダーも現れた。



 「IT投資額にして1000億~2000億円規模の影響があってもおかしくない」──。IDC Japanの松本聡ITサービスシニアマーケットアナリストは、企業会計基準委員会が今年7月5日に発表したリース会計基準の見直し案「リース取引に関する会計基準(案)」が実際に適用されたときに、国内ITサービス市場に与える影響度合いについて、こう指摘する。

 リース事業協会が今年5月に発表したリース統計によると、2005年度の情報通信機器分野のリース取扱高は、2兆6980億円、5年リースと考えて平均すれば年間約5400億円のIT投資がリースに回っていることになる。このうち仮に2割分がシフトしたとしても、年間1000億円を超すIT投資に影響するというわけだ。

リース設備の資産計上が必須に

 リースは、設備の貸し手が借り手に対し、合意したリース期間中に使用する権利を与え、借り手がリース料を支払う取引のこと。大きく分けると、リース取引の期間中に契約を解除できない「ファイナンスリース」と、それ以外の「オペレーティングリース」の2種類がある。そしてファイナンスリースリースは、その取引実態を反映して、売買取引として会計処理するのが原則である。

 だが現在の会計基準では、リースした設備の所有権が借り手に移転しない「所有権移転外ファイナンスリース」においては、賃貸借取引として会計処理できる例外規定がある。ユーザー企業は、リース設備を財務諸表に資産計上することなく、賃借料などの科目で費用処理できる。いわゆる「オフバランス処理」が可能なのである。現在、大半の企業がこの例外処理を採用している。

 企業会計基準委員会が今回発表した見直し案では、この例外処理を廃止し、リースを売買取引として処理することになる。国際的な会計基準に合わせることが見直しの大きな狙いだ。ユーザー企業は、財務諸表上に資産計上する「オンバランス処理」が義務付けられる。ただし、リース期間が1年以内の短期リースや、契約当たりのリース金額が300万円以下のリース契約については、新基準の適用外とする。

 見直しが適用されると、財務諸表上は資産が突然増えて資産効率が悪化するので、対投資家への説明責任の観点では、ユーザー企業にとって好ましい変更ではない。これを嫌って、リースの利用が抑制されるとの見方がある。

税務メリットも喪失の可能性

 会計基準の見直しを受け、政府はリース税制の見直しも検討する。これまでの税制ではリース料金をそのまま損金として処理できたが、今後は、会計上の資産計上に合わせて、原価償却費を損金とする方向で検討される見通しだ。

 税制まで変更するとなると、その影響は大きい。例えば、これまでユーザー企業は、手元に現金があっても、税務処理手続きが簡易になるなどのメリットが大きく、リースを利用していた。そのメリットがなくなれば、リースを利用せず、自己資金で購入してしまおうというユーザー企業も出てくるはずだ。

 トーマツコンサルティングの篠田昌典パートナーは「個々のIT投資案件は、これまで通り投資対効果を見極めて実施するので、IT投資額そのものが抑制されることはない。だが、投資の時点で、資産を持つべきかどうかの経営判断は真剣に議論されるようになるだろう」と指摘する。ユーザー企業は、リースを使ってハード資産を自前で購入することから、資産を持たずに利用するだけの形態に変える可能性があるのだ。

 最近、大手パッケージベンダーが、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)と呼ぶ月額利用のソフト提供に力を入れ始めるなど、ITを“所有”せず“利用”する環境が整いつつある。会計基準の見直しが、ユーザー心理を後押しする可能性は十分にある。

アウトソーシングには追い風

 リース会計の見直しは、アウトソーシングビジネスを拡大したいソリューションプロバイダには、追い風になるだろう。一方で、ユーザー企業がIT資産を持たない代わりに、ソリューションプロバイダ自らが資産を持ってサービスを提供することになる。IDC Japanの松本シニアマーケットアナリストは「中堅以下のソリューションプロバイダは、その投資負担やリスクを負えず、大手ベンダーの寡占化が進むのではないか」と、業界再編の可能性を示唆する。

 ソリューションプロバイダにとって、もう1つ大きな問題となりそうなのが、現在リース会社に任せているサービスを、自ら手掛けなければならなくなることだ。例えば、ユーザー企業の与信管理や資産管理といったリース会社に任せているサービスを、ソリューションプロバイダ自らが提供しなければならなくなる。

 ユーザー企業の投資動向の変化を見据えて、ユーザー企業に新たな選択肢を提供しようとするソリューションプロバイダも出始めている。

 インフォリスクマネージ(東京都品川区、高久勉社長)は、同社のホスティングサービス「Utilityz」の拡販策として、ユーザー企業のサーバーやネットワーク機器を買い取る販促キャンペーンを開始した。リース残がある資産を買い取ることで、リース資産をなくしたいというユーザー企業のニーズを取り込む狙いだ。今年9月末までのキャンペーンで、買取総額1億円を用意し、それによって、月額500万円~1000万円のマネージドホスティングサービスの売り上げを見込む。

 同社の瀬田陽介取締役MSL事業統括は「ユーザー企業は、IT資産を保有したいのではなく、信頼性の高い運用管理サービスを利用できればよいと考えている。リース会計基準の見直しはこの意識を強める」と話す。

 データセンターで展開するホスティングサービスだけではない。ITベンダー自らが資産を持ちながら、機器やサービスをユーザー企業のオンサイトで提供するアウトソーシングサービスもある。

 例えば、富士通が2004年から提供しているオンサイトアウトソーシングサービス「PCーLCM(パソコンライフサイクルマネジメント)」は、パソコンの調達、導入から運用管理、廃棄まで、パソコンのライフサイクル全体のサービスを提供する。パソコンは富士通の資産として提供し、資産管理サービスや、ヘルプデスクサービスなどと併せてサービスを提供する。ユーザー企業はパソコンを資産として持つ必要がなく、投資を平準化できるメリットがある。

アプリ込みの月額レンタルも

 ニイウスコーも、ユーザー企業のオンサイトに自社資産を置く新サービスを今年10月にも開始する。今年7月に設立したレンタル事業を手掛ける新会社ニイウスレント(東京都中央区、宮崎敏介社長)で、リース会計の見直しなどによる、ユーザー企業のIT投資ニーズの多様化に対応する狙いだ。

 ニイウスレントは、サーバーなどのハードをレンタルで提供するだけでなく、業務アプリケーションまで含めてオンサイトで提供する。ニイウスコーの末貞郁夫会長は「ユーザー企業が資産を持たないレンタルがリースに変わるビジネスになるが、ハードウエアだけをレンタルしても、資産保有リスクを補う大きな収益は得られない。当社がノウハウを持つアプリケーションを併せて提供することで付加価値を高める」と話す。

 具体的には同社が既にASPサービスとして提供している連結会計アプリケーションなどを提供する計画だ。ASPサービスが、データセンターにおける共同利用型のサービスなのに対し、ユーザー企業ごとに個別にシステムを構築し、ハードとアプリケーション、運用サービス込みで、月額利用料でサービスを提供する、いわばオンサイト型のASPサービスといえる。

 リース業界は今回の会計基準見直しに断固反対の姿勢を取っており、今後更なる議論や調整が不可欠になるだろう。新基準の内容や適用時期はまだ明確にはなっておらず、実施は早くても2008年度決算からといわれている。新基準の適用が始まったときに、ユーザー企業のニーズに応える選択肢が用意できていなければ、これまで築いてきたビジネスを失うことにもなりかねない。逆に新規ユーザーを獲得するビジネスチャンスにもなる。



本記事は日経ソリューションビジネス2006年8月30日号に掲載した記事の一部です。図や表も一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。
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