前回までに説明した3つのコツについて,すでに自信のある読者は,次の応用編にチャレンジしてもらいたい。これを完全に会得すると,どんなに偉い企業のトップにあっても,必ず「頭のいいやつだ」と思われるし,世間の評論家諸氏のような賢そうな人たちの言っていることのほとんどが,「なんだ,この程度か」と思えるようになる。そのコツとは「常に,時間,視座,アナロジーの3軸で考える」ことである。

 「時間」で考えるとは,物事を長いタイムスパンで捉えることを指す。実はコンサルティングには,歴史の知識が大変役に立つ。経営者の大半は歴史好きなので話題の提供にもなるし,時間軸を伸ばすとなぜか説得力が高まるのである。「金融恐慌の再来」とか「第2の敗戦」など,経済評論家がよく使う表現だが,筆者は100年以上のもっと長いスパンで語ることをお勧めしたい。思いっきり100年単位で伸ばしてみると,逆に新鮮な感じが出てくる。

 例えば,ITの分からないある経営者から,「なぜこんなにコンピュータには手間と金がかかるのか。車も金がかかるけど,わざわざ整備士を雇う企業はいない。なんでコンピュータには,こんなに運用の人間が必要なんだ」という質問を受けたことがある。

 たまたまその経営者の競馬好きを知っていた私はこう答え,納得してもらうことができた。「車の前の交通手段は馬でした。馬と人間の付き合いはもう1万年以上でしょう。そしてようやく100年前に自動車が普及し始めた。ITなんてまだ半世紀しか経っていないので,ようやく馬に鞍を付けたり,馬車に乗るようになった程度のレベル。ITの世界では,自動車や飛行機のような技術は,これから登場するのです。手間がかかるのは当たり前でしょう」。

 また,ある新聞記者が筆者に「日本のITは欧米より数年から10年も遅れているが,この遅れは取り戻せるのだろうか」と質問した。筆者の答えはこうだ。「戦国時代の種子島に鉄砲が伝来してから30年後には,織田信長が長篠の戦において,当時では世界最大量の火薬,鉄砲を使って最先端の戦い方で勝利した。また明治維新の富国強兵開始から40年後には,大国ロシアを打ち破った。第二次大戦後も,こうして世界第二位の経済大国に復活した。追いつき追い越すのは日本のお家芸である。今ITが多少遅れているからといって何の不安もない。実際多くの分野ですでにトップを走っているではないか」。

 次のような例もある。ある経済評論家が筆者に「1980年代は“ジャパン・バッシング”とまで言われるほど日本の経済力は強かったのに,今は弱体化し,“ジャパン・パッシング”(日本を素通り)とか“ジャパン・ナッシング”とも言われている。日本は大丈夫なのか」と聞いた。こういう考え方はどうだろうか。「遣唐使が廃止されてから平安時代の国風文化が生まれ,鎖国してから江戸の町人文化が栄えた。世界が日本に注目していないときこそ,日本が世界に誇れる文化が生まれる。だから今の日本は歴史的に一番面白い時代なのではないか」。こうした見方に異論がある読者もいるだろう。しかし一定の説得力を持つこともまた事実なのだ。

物事を一面だけから見るな

 次に視座軸を活用して考えるコツについて説明しよう。「株主重視の経営」,「顧客の視点に立った経営」は最近よく聞かれる経営テーマである。企業経営者は常に,「顧客,従業員,株主,競合他社,仕入先」といった関係者を意識している。それぞれの視座からは,同じモノをみても自ずと見え方が違う。


図8 説得力を高める様々な視座
企業の顧客,従業員,株主といった視座だけではなく,一般庶民,産業界,地域社会などといった様々な視座で企業が抱える問題点を捉える
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 これらの視座に,「一般庶民,産業界,地域社会,国,地球」といった新しい視座を加えてみる(図8)。例を挙げてみよう。あるテレビ番組で,「不良債権問題をはじめ,日本経済は大変な問題を抱えていて,国民は大変な苦労をしているのではないか」と問われた。筆者は視座を切り替えて,次のように考えを述べた。「しかし,日本の平均寿命は世界一で,犯罪発生率も低い。平均賃金は主要国のトップで,平均貯蓄は世界一,さらに失業率も他の主要国より際立って高いわけではない。安全で長生きできて,お金もあるのに,国民のどこが不幸と言えるのか」。

 また最近,製造業が中国へ生産拠点を移転することによる「産業の空洞化」がとみに進んでいる。これをいろいろな視座から見てみよう。

 経営者が生産拠点の移転を行うのは,会社の利益のためである。株主はそれで利益が上がるならOK,という立場だ。だが,従業員から見ればリストラの恐怖にさらされることになる。地域社会にとっては,税収減や地域活力の低下につながる。また産業界から見れば,現場ノウハウなどの技術流出や産業構造の転換を引き起こし,国から見れば国内経済停滞の一因となる。

 では一般庶民から見るとどうか。むしろ低価格によるメリットがあり,好ましいことなのかもしれない。さらにアジア地域全体で見れば,たまたま生産拠点が日本から中国にずれただけで,アジアが世界の工場であることは変わらない,とも捉えられないだろうか。

 成功する企業は,どこかで視座の軸足を変えているものである。あるスーパーマーケットでは,業界の常識に反して,売り場の正社員を大幅に増やした。消費者は店員との会話を楽しみ,店員は誠心誠意その期待に応えるように心がけているので,多少値段が高くても買ってもらえるようになった。その結果,売り上げは伸び,利益率も向上している。

 この不況時にスーパーで売り場の正社員を増やすことは,欧米流の経営には反している。財務の専門家や株主からして見れば,大きな賭けであったが,「消費者」という視座への切り替えに加え,社員への徹底した教育が功を奏した。

難しいことほど簡単に伝える

 専門家にとって,専門分野について難しいことを難しく語るのは簡単なことだ。だが,それは一般の人たちから見れば,ただの「専門バカ」にしか見えない。難しいことを専門知識がない人でも理解できる,分かりやすい言葉に置き換えて語るのは,大変難しい。これができれば,コンサルタントとして一人前である。

 優秀なニュースキャスターがお茶の間で人気があるのは,この能力があるからだ。聞き手は自分のレベルや興味のある分野に例えて語ってもらえれば,すぐに理解する。ITを馬や自動車に例えたのがよい例だ。

 経営問題の多くは自然界の現象に例えることが可能だ。例えば,利益という果実を得るためには,しっかりとした事業の幹を持ち,営業力という根を張り巡らし,資金や支援部隊といった水や肥料を与えなければならない。事業環境として陽のあたる良い場所を選ぶことも重要である,という具合だ。

 また日本企業の組織と西洋型の組織の違いを説明してみよう。日本型は「回遊魚の群れ」のようなものである。強力なリーダーがいなくとも,海流や餌のありかなどを把握している誰かが先導すれば,それにつられて全体が動いていく。西洋型は「ライオンの群れ」のようだ。メスを中心にした部下達が狩りをし,リーダーであるオスは悠々とその獲物を真っ先に食らうのである。

原発トラブルを世界から見ると

 「時間,視座,アナロジー」の3軸理論を訓練によって身に付けるのは,比較的容易だ。日常の新聞やテレビのニュースにこれらを当てはめて考える癖をつければよい。

 最近,東京電力の原子力発電所のトラブル隠しが話題になっている。時間軸で見れば,人間が火を使い出してからおそらく数十万年は経つが,原子力はたかだか数十年であり,その歴史は1万倍も違う。技術的にはそれなりの安全を保っているのに,今回のようにトラブルが隠蔽され,国民が不安になるのは,まだまだ原子力についての人間社会の同居人としての認識が醸成されていないからである。

 次に視座軸を「世界」にとってみよう。東電の体質が問題にされているが,東電と同業種のエンロンが最も透明とされてきた米国市場で会計不正操作をしていたことと比べたら,まだましではないか。トラブルがあったものの,事故は起きていないのだからチェルノブイリやスリーマイル島と比べたら随分ましである,という考え方もできる。

 以上,筆者のこれまでの経験をふまえて,コンサルタントならではの効率的な仕事の進め方やものごとの考え方を紹介してきた。強調したいのは,常に考える習慣を付けることだ。そのときにやみくもに考えるのではなく,効率的な方法ならびに時間,視座,アナロジーという軸を意識する。そのために歴史や社会の動きを勉強するといったことである。最初は大変かも知れないが,だんだん慣れてくる。自分のレベルにあわせてぜひともこれらを実践して欲しい。ITエンジニア1人1人の実力が向上し,ひいては,産業界全体のレベル・アップにつながれば幸いである。

奥井 規晶(おくい のりあき)
オクイ・アンド・アソシエイツ 社長
1959年神奈川県出身。84年に早稲田大学理工学部大学院修士課程修了。日本IBMでSEとして活躍した後,ボストン・コンサルティング・グループに入社。その後,シー・クエンシャル社代表取締役,ベリングポイント代表取締役などを経て,2004年4月に独立。現在,オクイ・アンド・アソシエイツ社長。経済同友会会員