提案力を身に付けたITエンジニアが求められるようになった。技術力を駆使すれば,顧客の真のニーズを掘り下げ,将来を見越したシステム企画を提案できるからだ。この連載ではコミュニケーション力を基礎にした,根本的な提案スキル強化方法を解説する。

久井 信也(ひさい しんや)
ソリューションサービス研究所 代表取締役

 ITベンダーのエンジニアに「提案スキル」を期待する声が近頃,急速に高まっている。これはシステム企画・提案段階において,営業担当者の知識やスキルだけでは通用しない場面が増えているからだ。

 ITを駆使してビジネスに貢献する提案,顧客ニーズをとことん掘り下げた提案,将来のシステム拡張などを吟味した視野の広い提案――顧客に「さすが」と言わせるこのような提案は,やはりITエンジニアの力がなければできない(図1)。

図1●ITエンジニアに求められている提案
図1●ITエンジニアに求められている提案

 ITベンダーにとっては,経営環境が厳しいなかで業績を伸ばすために,営業力強化が重要になっているという事情もある。赤字プロジェクトの元凶といえる無謀な受注を防ぐためにITエンジニアの力を活用したいという気持ちもある。

 そのためには,人員構成の大半を占めるITエンジニアの“営業マインド”を強化しなければならない。しかし技術者としての道を選んだITエンジニアは,提案活動を「営業活動の一環」と見ることが多く,消極的な人が少なくない。

 どのような仕事でも「やる気」を出すためには,将来への展望(ビジョン)と成功の姿,具体的な道筋と手段を知ることが肝要だ。そうすれば少しずつ具体的に行動する中で,自らのあるべき姿に着実に近づいていける。この連載では,ITエンジニアが提案活動に気軽に取り組むための手順とノウハウについて具体的に解説する。

技術者こそ良い提案が可能

 この3年の間に,筆者は200人以上に演習を通して提案スキルを教えてきた。参加者の9割はITエンジニアで,残りの1割は営業担当者や教育担当者だった。

 研修に参加したITエンジニアの半数以上は「最近,提案業務を任されるようになったが,基本的なスキルがないために苦労している」と述べていた。また,ITエンジニアの半分が自らの希望で,残りの半数が上司の指示で参加していた。これはITエンジニア自身や上司の意識が変化している兆候と言える。

 提案スキルは,身に付けるのは容易ではないかもしれないが,ひとたび会得すれば自分の大きな強みになるスキルと言える。

 ITが企業のビジネスに密接にからむようになり,ITを利用した新たな顧客サービスや業務改革は次々と具現化している。ITは発展途上であり,インターネット利用技術などを業務に応用する提案を行う機会は,増すばかりだ。ITエンジニアの技術的な知見をもとにしたシステムの提案やコストの評価が,それだけ重要になっている*1

提案段階で技術者が果たす役割

 提案には様々なケースがあり,提案活動のタイミングとその内容は顧客との関係によって異なってくるが,一般的には図2のような経過をたどる。提案者の一方的な思惑だけで実施しても無駄になることが多いので,案件の顧客側の進ちょく状況を十分に把握し,適切なタイミングで提案できるように,顧客側と事前に調整することが必要である。

図2●開発案件の営業活動スタートからゴールまで
図2●開発案件の営業活動スタートからゴールまで

 提案段階におけるITエンジニアの役割は,企業や組織の規模によって異なる。大手ITベンダーのように専門の営業部門が組織化されている場合は,専門特化した営業担当者が商談の発掘から契約にいたるプロセスの中で提案する方が,効率的,効果的であることが多い。この場合は,提案内容の中核部分であるITの適用に関する部分で,ITエンジニアが提案に関与するのが一般的だ。これに対し,中小規模のベンダーではITエンジニアが営業担当を兼務することも多い。

 専門の営業担当者と協業でITエンジニアが提案する場合,お互いの役割について十分に話し合っておくことが必要だ。提案では顧客のニーズ分析から解決策を導く。解決策は必ずしも技術的なことだけではなく,経営や組織,人間関係も関連する。ITエンジニアはもちろん技術を担当するが,顧客の組織や人間関係などの情報を,営業担当者と共有することも大切だ。ただし提案する場合に,営業担当者とITエンジニアの担当や責任範囲を事前に決めておく必要はある。提案の段階でどちらも対応しないとか,それぞれの見解が相違するようなことは避けなければならない。

 ITエンジニアが提案のすべてを担当する場合は,営業的なやりとりも求められる。ただし,こうしたケースは比較的規模の小さいシステムであることが多いので,そう難しいことではない。経験を多く積み,場慣れすることが何よりも大切である。

 どのような場合でも,営業担当者だけでなくITエンジニアも,提案段階で採算を考えビジネス性を十分に見据えなければならない。いくら技術的に優れた提案であっても,利益を生み出せない赤字プロジェクトを誘引するような提案であってはならない。ITエンジニアという技術を専門とする役割であっても,ビジネス性を十分に考慮した提案で,顧客を正しくリードする責任がある。

 全く未経験な分野,あるいは複雑な問題が絡んでいる提案は要注意だ。あるITベンダーで,システムの主要部分の開発に十分な技術知識・経験がないまま,「なんとかなる」と受注した案件があった。その分野の開発は,経験が豊富で優秀と言われる外部の企業に委託したが,実力が思ったよりも低く,結果として品質不良が発生し,納期・コストが大幅に超過した。これはプロジェクトマネジメントの失敗ではなく,提案段階での検討が不足していたと見るべきだ。このような実現可能性の評価でも,ITエンジニアの役割が重要になる。