設計者とユーザーの間では,システムの仕様を巡って「言った,言わない」の泥仕合をすることが少なくない。両者の思惑や認識がすれ違ったまま基本設計書を作ってしまった結果である。困ったことに,これは一見良好なコミュニケーションを確立したと思われる場合にも起こり得る。このテーマに基づき,二つの実例を通して設計書作成の心得を紹介する。

松田 陽人(まつだ・はると)
システム・エンジニア

 基本設計書は,ユーザーと円滑にコミュニケーションを行うためのツールであり,コミュニケーションの結果を書き留めたものである。

 それ故,コミュニケーションがうまくいかないと,基本設計書に残された情報に思わぬ勘違いや間違いが埋め込まれ,これが後々,プロジェクトに大きな危険をもたらす可能性がある(図1)。恐ろしいことに,誤解の種はユーザーや設計者が発した,たった一言でも生じ得る。基本設計書の作成段階においては,とにかくユーザーとのコミュニケーションを重視し,お互いの考えやシステムの完成イメージを共通認識とすることで,このような危険をできる限り排除したいところである。

 よくある例では,特定の言葉や概念に対する認識のズレがユーザーとの間に起きて,大きな危険を生み出すことがある。基本的に設計者は,ユーザーの言葉やその定義を理解し,それらに合わせて設計書を作る必要があるはずだ。そのとき,設計者は「ユーザーが使う言葉」と「自分自身が使っている同じ言葉」の間にズレがないかを常に確認すべきだろう。たとえ良好なコミュニケーションを確立した設計者とユーザーの間でも,うっかり落とし穴にはまる可能性があるので注意が必要である。こうした問題が,後戻りが許されない段階で見つかる事態だけは避けたい。

 また,「ユーザーが何も言わないことを“了解した”と受け止める」ことで,トラブルを生むこともある。ユーザーが迷っている間に次の検討事項へ話が進んでしまい,ユーザーが理解できなくなってしまったり,重要な要件であるにもかかわらず設計者が安易に意思決定してしまったりする問題も起こりがちだ。この問題が表面化するのは,設計書をレビューする段階かそれ以降になる。そのため,プロジェクトへの悪影響も大きくなる危険を伴っている。

 以下に紹介する二つの実例は,上記の要因によって設計者とユーザーの間に思惑や認識のズレが生じたトラブルである。幸い,いずれのケースもプロジェクトに致命的な打撃を与えるまでには至らなかった。しかし,一歩間違えば,悲惨な結果に陥ってもおかしくない状況だったと言える。こうした例を通して,「なぜ思惑や認識にすれ違いが生じたのか」を考えてみたい。

図1●基本設計書の作成時は,設計者とユーザー間の「思惑のズレ」に配慮が必要
図1●基本設計書の作成時は,設計者とユーザー間の「思惑のズレ」に配慮が必要