行政改革、つまり「小さな政府」を目指す作業は、従来、財政危機への対処策とされてきた。この状況は変わらない。だが「高齢化社会」への対処策という観点からも行政改革の意義と必要性を捉え直す必要がある。「高齢化」への対応は21世紀の日本にとっては、かつて20世紀前半に直面した「欧米列強の帝国主義への対応」と同じくらい大きな課題だからだ。

■高齢化と政府の変化--大きく変わる政府の役割

 高齢化が進むと政府の役割は大きく変わる。

 第1に政府の空洞化である。高齢化に伴って政府の仕事のうち、介護やカウンセリングなどきめ細かいワン・トゥー・ワンの対人サービスの比重が増える。これらは平等・公平・画一主義を旨とする官僚組織には向いていない。政府は資金だけ負担し、サービスの実施は企業やNPOに任せる方向に進む。政府は次第に現場感覚を失い、政策立案能力も空洞化していく。米国で「第三者政府化(Third Party Government)」といわれる現象が日本でも進行する。

 第2に財政の硬直化である。人口高齢化で介護・老人福祉の予算が急増する。公共事業は政治と行政が自らの意思で削減できた。だが、福祉関係の給付は制度で決まる。裁量の余地が乏しい。選挙に影響しやすく政治家も見直しには消極的だ。現役世代の減少で税収が減る上、制御困難な老人対策予算の比重が増える。予算を政治家や官僚がコントロールしにくくなる。

 第3に行政機関が次第に解体される。役所の外に広範な公務の受け皿が出現する。これは団塊世代が大量退職する2007年以降加速する。公務員も数が減る。天下り批判で外郭団体も縮小されていく。かくして官民双方から経験豊かな団塊世代がNPO法人や社会福祉法人などに移行する。

■シニア向けの“職業教育”が必要--民間に即戦力がいない仕事も多い

 行政が市場に吐き出す仕事は様々だ。子育てや介護などの担い手なら多数いる。だが、身障者のケアや救急・救命など技能と専門知識を要する仕事の即戦力は必ずしも民間にいない。公務を官から民へ出すためには、人材のマッチングとシニア向け“職業教育”の仕組みが必要となる。

 ここでいう“職業”の定義は幅広い。ボランティアを含む各種の社会サービスの全てが対象だ。介護やカウンセリングが典型だが、町おこしや商品の売り込み、集客・観光振興、さらには法務や会計など幅が広い。

■軍隊の職業訓練がヒントに--21世紀のシニア向けの職業教育とは?

 20世紀、各国は軍隊を専門職育成の場として活用した。徴兵後に各人の適性を見極め、様々な職業訓練を施した。多くは兵士になったが、軍医、通信士、土木技師、調理師など様々な職種があった。

 20世紀前半は帝国主義に伴う戦争遂行が国家の中心課題だった。それに合わせて義務教育、軍隊、徴兵制といった制度が生まれた。21世紀の国家の中心課題は“高齢化”社会への対応だ。ならばシニア向けの職業教育が社会制度として誕生してもおかしくない。すでに一部の社会人大学院に兆候がある。あるいは自治体が老人大学を開講し、例えば子供たちにおもちゃ作りを教えたいというお年寄り向けの講座を開いている。だが、まだ余暇や余生を楽しむ場という色彩が強い。積極的に第2の人生を作っていくための教育機関は見当たらない。

 例えば、次のような仕組みができてもおかしくない。

 60歳で会社を定年退職すると同時に職業教育学校に行く。税制のインセンティブを施し、半ば義務教育化する。設備は民間の専門学校を活用してもいいし、小中学校の再利用でもよい。科目は適性に合わせて選ぶ。老人介護や公園の植木の剪定といった現場作業もあるし、NPOの経理などの講座もある。資格試験を経て卒業し、専門スキルをもったボランティア人材が誕生する。歳をとるということはしばしば子どもに返 ることといわれる。60歳からの第二の人生のための義務教育制度ができてもおかしくない。本人の生きがいや老化防止の効果もある。また、行政の外で公務を効率的に担う人材の養成は、行政改革のための投資と考えても悪くない。

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上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学教授(大学院 政策・メディア研究科)。運輸省、マッキンゼー(共同経 営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。行政経営フォーラム代表。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』ほか編著書多数。