■今回からは、商談や会議・ミーティングにおける上手な会話の仕切り方について解説していきます。第1回目は、話の長い人を相手に、いかに会話の主導権を握るかです。
どこの世界でも話の長い人というのは、いるものだ。
私も会議進行のお手伝いをよくさせていただくが、一度しゃべりだすと止まらない人を多く見かける。しかも、そういう人に限ってエライ人だったりするので、始末が悪い。
商談などもしかり。早く本題に移りたいのに、まったく関係のない話が延々と続いて、なかなか本題を切り出せない。あるいは、すぐに話が飛んでいってしまって、なかなかこちらの要件についてじっくり話ができないことがある。
時間に余裕のある場合はいいが、急を要する場合は困ってしまう。大事なお客さんの話の腰を折るわけにもいかず、あせりながら、ただじっと長話が一刻も早く終わってくれるのを祈るしかない。
私は会議のファシリテーションをしていて、進行上やむを得ず、発言者の話の腰を折ることがよくある。
あらためて感じるが、日本人は「話の腰を折る」ということがものすごいヘタである。上手に話の腰を折る技術というのを持っていないし、そもそも「話の腰を折る」という行為を友好的に行う技術などは存在しないものと思い込んでいる。
「話が長い」イコール「話にオチがない」
いくら「話が長い」、「一方的にしゃべる」とは言っても、息継ぎもなくノンストップでしゃべり続ける人はいない。センテンスの後に必ず句点があり、そこで少しの「間」がある。ただし、第三者が別の話題を切り出すには十分な「間」ではない。
話題を転換するためには一定時間の適切な「間」が必要だ。しかし、もっとも大切なのは「時間」ではなく、話にオチがあるかどうか。話に起承転結があると、双方がその話題の終了を実感でき、自然と次の話題に移れる。しかし、オチがはっきりしない話は容易に話題転換しにくい。
我々が一般に「話が長い人」と言っているのは、間断なくしゃべり続ける人ではなく、話にオチがない人のことなのだ。
話の腰を折るのではなく、オチをつけてあげる
「話の腰を折る」ということには2つの意味がある。相手の話を中断することと、無理矢理話題を転換することだ。話を中断されることは一瞬の戸惑いを覚えるが、それ自体さして不愉快なことではない。もっとも不愉快なのは、話のオチを言う前に別の話題に転換されることなのである。
だから、相手を不愉快にさせない「話の腰の折り方」とは、こちらでオチをつけてあげることなのだ。私はファシリテーションの場面でよくこのテクニックを使っている。相手を不愉快にさせるどころか、逆に快適にさせることさえできる。
商談など1対1の会話の場合は、3段階でオチをつける、というやり方が効果的だ。
STEP1:「驚きと賞賛で相手の話を中断する」
STEP2:「息継ぎの間で相手の話に対する評価コメントを言う」
STEP3:「次に訪れる間で相手を評価するコメントで話をまとめてしまう」
長い話は自慢話的なことが多いので、よけいやりやすい。
最初は無理矢理相手の話を遮る。しかし、それは賞賛の合いの手である必要がある。
「え、ちょっと待ってください。本当にそれを部長一人でやられたんですか?」
という具合に。
そして、次に来る一瞬の「間」でその話における相手の評価コメントをたたみかける。
「いやあ、それは部長にしかできないでしょう」
相手が評価を素直に受け入れてくれば、あとは簡単だ。
その次の句点ですかさず、
「さすが、部長の日頃のマネジメント力のなせる技ですね」
という風に、「これはあなたのマネジメント力がすごいという話ね」と話をまとめるのだ。
そして「話は変わりますが・・・」と自分の話したい話題に転換する。
勝手にオチをつけることこそ「承認」の実践
いかにも小手先のテクニックだが、ここにはコミュニケーションで重要な「承認」という要素が隠されている。ファシリテーションやコーチングなどでは、相手の話にじっくり耳を傾ける「傾聴」と、その話を聴いたうえで相手を認めてあげる「承認」が大切であると言われる。
ただじっと耳を傾けるだけではなく、ちゃんとその話に基づいたうえで、相手を肯定的に評価してあげることが必要なのだ。人間はコミュニケーションの中で無意識のうちに常に相手に承認を求めている。相手の話にオチをつけてあげるというのは、この「承認」をちょっと強引にやってあげることなのだ。
みんな、とにかく相手の話を遮るのは失礼だと思い込んでいるが、相手の長話をダラダラと聞き流して心のこもっていない相槌を打つよりも、多少「傾聴」のプロセスをはしょっても、「承認」をしてあげる方が、相手はよっぽど満足するのだ。
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