地獄のような多忙を極める戦略コンサルタントの中でも,ごく一部は悠々と仕事をこなして,残業をすることもなく夕方早く退社している。私は彼らの頭の回転が自分の数倍も早いとは思えなかったのだが,それでもその差は歴然としていた。

 これも後で分かったのだが,彼らは非常に重要なコツを体得していたのである。それは,「人間はいちどきに3つ以上のことは覚えられない。それならば,100のメッセージの中からその3つだけを選び出し,それだけに注力すればよい」ということだ。


図5 「百ミツの鉄則」
顧客に100のメッセージを伝えようとしても,すべてを覚えてもらうことはできない。3つの重要なメッセージに注力することで,仕事のスピードは大きく上がる
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 これは米国流プレゼンテーション技術では,「マジックトライアングル」と呼ばれているのだが,100ページある報告書でも,顧客がプレゼンテーションの場で覚えられるのはせいぜい3ページ程度だ。強い印象を受けて,後々まで「あの時のアレよかったね」と言ってもらえるのは,1ページあるかどうかである。つまりそれ以外はオマケなのであって,その部分は多少粗雑であっても顧客は滅多に文句は言わない。もし文句が出たのならば,それは必要なメッセージが十分伝わっていなかったからだ。つまり多少の危険を承知の上で,100の中の3つに注力する。これが「百ミツの鉄則」である(図5)。

 例えば,グローバルなコスト競争に巻き込まれて赤字転落間近の製造業に,総額20億円のグローバルサプライチェーンの提案をする場合を考えてみよう。顧客が知りたいのは,製品のスペックや構成図,実績のある導入方法論ではない。たいていの場合は,「いつ,いくらでできるのか」,「本当に確実にできるのか」,「それによって競合他社をどれだけ出し抜けるのか」の3つぐらいである。100項目の提案書の中で,顧客が注目するこの3点だけに絞り込みアピールする提案ができればよいというわけだ。

 また新規事業への参入にあたって業界動向の分析をレポートする場合に,他の数十社が何をやっていて,業界全体がどうなりそうかを100ページの報告書にまとめなければならないとする。この場合も,「チャンスはどこ」で,「どのようにすれば成功」し,「どのくらい儲かるのか」に集中してまとめるほうが簡潔である。

優先投資すべき事業は何か

 もちろん何の方法論もなしに,100もある原石の中から3つの宝石を探し出すのは難しい。そこで,役立つのが「タテ・ヨコ思考」である。


図6 タテ・ヨコ思考の例
あるコンピュータ・メーカー子会社が,これからどの事業に積極的に投資すべきかという戦略を立案する。自社の競争力と事業の成熟度という2つのタテ,ヨコの尺度を作って事業を見ると,ERP開発とWeb開発事業が優先投資先であることが分かる。メインフレーム保守運用事業は売上は大きいが,売却・撤退対象となる
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 複雑な問題を分類し,分析して本質を探し出すためには,タテ軸とヨコ軸を設定した図解によって考えることが基本である。重要なのはタテとヨコに何を使うかだ。例えば,架空のコンピュータ・メーカー子会社の事業構成を,タテに競争力,ヨコに事業自体の成熟度で整理したところ,図6のようになった。

 この図から親会社頼みのメインフレーム運用保守は売却・撤退対象の領域にあり,今優先的に投資するべきなのは ERP(統合業務パッケージ)とWebだということが分かる。

 ERPのどの分野に注力すべきかを考えるときには,得意なERPパッケージの種類とそのための人的リソース,業務ノウハウの強み,顧客セグメントと営業力などをまたタテ・ヨコで分類するとよい。

言いたいことを突き詰める

 タテ・ヨコ思考は問題の分析,解決策の立案にも活用できる。第3のコツと合わせてその手法を紹介しよう。

 有名なトヨタ自動車のカンバン方式(必要なときに必要な数だけの部品,資材を発注し在庫を減らす,トヨタ独自の生産・購買管理システム)が生み出された背景には,問題解決のために,「Why(なぜ)?」を5回繰り返す,というポリシーがある。これは根本原因を徹底的に掘り下げるための手法だ。

 戦略コンサルティングの世界でも同様に「So what(だから何なんだ)?」を最低3回繰り返すという鉄則がある。Why×5回が掘り下げの技術ならば,「だから何なんだ?」×3回は,何が言いたいのかを突き詰めるための技術だと言える。


図7 SI企業の間接人員比率と利益の相関図
この図から間接要因の比率と経常利益率はまったく関係ないことが分かる。こうしたタテ,ヨコの分析を経営者に見せて,間接部門のリストラよりもっと重要なことがある事実を示す。そこから「So What?」を重ねていく
(「情報サービス企業白書(’99)」の資料を基に作成)
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 例えば間接部門のリストラを相談に来たシステムインテグレータの経営者に,図7のようなタテ・ヨコ思考の分析を見せてみよう。すると間接要員の比率と経常利益率は全く相関がないことがわかる。

 最初のSo what?に対する答えは,「間接部門のリストラよりももっと重要なことがあるはずだ」である。当然次のSo what?は,「では何をすればいいんだ」となる。誌面の都合上細かい分析は省くが,結局利益率は,SEのスキルの3領域,すなわち技術,業務ノウハウ,プロジェクトマネジメント能力のどれか,または複数を組み合わせた場合の,他社に対する優位性の程度に関係があるのである。よって,答えは「3領域のどれかの強みを強化せよ」だ。3つめのSo what?は,「ではウチは何をどうすればいいんだ」となるだろう。この答えは,当然有料でないとお話できない,ということになる。

 このコツを習得するための訓練方法は,いつでも「要するに私が何を言いたいのかというと……なんだよ」という口癖をつけることだ。マスメディアの世界ではKISS(Keep It Simple and Specific)と呼ばれているが,そのためのコツがこれである。

 以上のコツを身に付けることで仕事が3倍速くなり,E2C Boundaryを超えることが容易になる。だが修行には最低1年は必要なので,心しておいて欲しい。

奥井 規晶(おくい のりあき)
オクイ・アンド・アソシエイツ 社長
1959年神奈川県出身。84年に早稲田大学理工学部大学院修士課程修了。日本IBMでSEとして活躍した後,ボストン・コンサルティング・グループに入社。その後,シー・クエンシャル社代表取締役,ベリングポイント代表取締役などを経て,2004年4月に独立。現在,オクイ・アンド・アソシエイツ社長。経済同友会会員
次回に続く