8月22日付の日経朝刊1面に,「IT大手 在宅勤務 3万人可能に」「『全社員対象』広がる」というトップ記事が掲載された。日本IBMに続き,NECや日本ヒューレット・パッカード,NTTデータ,日本ユニシスといった大手ITベンダーが在宅勤務制度の導入を本格化し,対象をシステム部門全体や全社員に拡大し始めたことを報じたものだ。同紙の分析によると,これら5社の従業員の半数に当たる約3万人が在宅勤務を利用できるようになる見通しだという。

 IT化によって,メッセージや資料のやり取りはもちろん,遠隔地に分散したメンバーによる会議までが効率的に実現できるようになった現在,こうした在宅勤務の取り組みを不思議に感じたり,異議を唱えたりする人は少ないだろう。むしろ自然な流れだと感じる読者が多いに違いない。

 日経の記事では,在宅勤務が広がる背景として,時間や場所に拘束されない働き方を求める社員側の動機と,優秀な人材を囲い込みたい会社側の動機を挙げている。確かに,その通りだと思うのだが,IT業界で本当に在宅勤務制度が普及し,それぞれの動機が満たされるためには,忘れてならない重要な必要条件があるのではないだろうか。

 それは,個々の社員も,それを束ねるマネジャーも,これまで以上にマネジメント(とりわけプロジェクトマネジメント)の知識やスキル,そしてコミュニケーション能力を身につけなければならない,ということだ。

 在宅勤務ではコミュニケーションがより重要になる,ということには異論がないだろう。皆さんも日々感じていると思うが,メールを使って自分の意図通りにメッセージを正確に伝えることは意外に難しいものだ。無用なトラブルを招いた経験のある読者も多いだろう。だからこそ,メールへの依存度が高い在宅勤務では,メッセージを正確に伝えたり,メッセージを正確に受け取る,といったコミュニケーションの基本的なスキルが極めて重要になる。

 そして忘れてならないのがマネジメントへの理解である。プロジェクトマネジメントの知識がプロジェクト・マネジャー(PM)という職種だけに必要なものだと思ったら,それは大きな間違いだ。

 もし,システム構築プロジェクトに参加している個々のメンバーが,どのような知識体系と手法に基づいてマネジメントが行われているのかを理解していなければ,PMはメンバーから成果物作成の進捗に関する正確な報告を受け取ることなど期待できないだろう。そもそも成果物をどのように定義するか,その成果物がどの程度完成したか,といったことは,メンバー各自の勝手な判断に任せることはできないのである。

 コミュニケーションの多くをメールに頼るプロジェクトでは,対面なら目に付くメンバーの言動や表情などからPMが“異変”を察知することができない。在宅勤務が広がれば,そうした異変察知の機会も確実に減るだろう。それだけに,プロジェクトのすべての参加者が共通の枠組みと手法に則って情報をやり取りすることがいっそう重要になるわけだ(これはもちろん,PMとメンバーが常に顔を合わせるプロジェクトでも同様に重要だが)。

 こうした課題がある以上,在宅勤務制度を利用する社員の比率や利用頻度が無制限に拡大することは考えられない。実際,大手IT企業の中でもいち早く体系的なプロジェクトマネジメント手法を導入し,現在では若手社員にまで広く浸透している日本IBMでさえ,「部門により3割程度の社員が週1~2度利用している」(冒頭記事)程度だという。そうした素地のできていない企業が時流に任せて在宅勤務の適用を急拡大することは,どう考えても危険だ。

 在宅勤務の広がりに引っ掛けて,少々強引に,マネジメントやコミュニケーションの大切さについて書いたつもりなのだが,それでも強引すぎるという印象が残ったとしたらご容赦いただきたい。しかしこの一件に限らず,ITエンジニアにとって,マネジメントやコミュニケーションの重要性は,今後ますます高まることは間違いない。自分を高めるための武器として,積極的にこれらを身に付けるITエンジニアが増えてほしい,と筆者は願っている。