矢野経済研究所 エンタープライズ事業部・上級研究員兼事業部長 赤城 知子 氏 赤城 知子 氏

矢野経済研究所 エンタープライズ事業部・上級研究員兼事業部長
半導体・電子デバイス市場担当を経て1998年より主に企業向けITソリューションとアプリケーションパッケージ市場の動向分析と予測を担当。

 「ERP」の概念は本来、広義の意味において“企業全体のビジネスプロセスの最適化を行うことによって経営効率を加速化させ企業価値を高める”ということであった。その概念を実現するためのIT基盤として、「基幹業務部門である生産、販売、財務、人事、購買などの各システムを1つのデータベースで統合的に連携するERPシステム」と、そのためのソフトである「ERPパッケージ」がITのトレンドとなり、キーソリューションとして企業に提案されてきた。

 国内においてERPシステムは、本来的な概念を実現するためというよりは「レガシーシステムをリプレース提案する際のキーワード」的な扱いで導入提案がなされていった。だがその結果として今、「経営効率を加速化させ企業価値を高めることに、ERPの導入が一翼を担った、もしくはERPの導入によって実現することができた」と実感する経営者は果たしてどれだけいるだろうか?

 2003年以降、大手企業向けマーケットにおいてERP市場が著しい鈍化傾向に転じた理由として「ビッグバン導入が一巡してしまったから…」と言われている。確かにビッグバン導入における大型案件が減少したことはマーケットの売上規模に大きなダメージを与えた。

 しかしマーケットにおける大半の企業がERPの導入を完成させ、顧客がいなくなってしまったからではなく、「基幹業務プロセスやシステムを連携させることで本当に企業価値や経営効率がどこまで上がるのだろうか?」といった本質的な疑問が、ERPの導入にストップをかける結果となってしまったという側面は否めない。98年頃にERPの導入に踏みきった企業が、リプレースの時にERPパッケージの選定を渋った、という話も聞こえてくる。


社外のプロセスとの連携が不可欠

 ERPによる業務システムの連携だけでは、「企業全体のビジネスプロセスを横断的に連携することは不可能」であった。これがERPを導入して企業の経営スピードを加速させようとした企業の答えである。既存ERPが“閉じた社内の業務システムの連携”にとどまるならば、業務効率が若干向上することはあっても、大幅なTCO(所有総コスト)の削減やビジネススピードの加速化、経営の可視化といった効果を上げることはできない。

 生産プロセスの先にはサプライヤーが、販売プロセスの先には流通や顧客がつながっている。それらのプロセスから上がってくる情報を基幹システムと連携させることでリアルタイムに情報を得ることが可能となる。そして経営者にとっては「意思決定の迅速化」につながるのだ。

 なぜならば「顧客の需要はどのようなトレンドにあるのか? 生産現場では何がネックとなっているのか? コスト削減の課題はどこか? 顧客満足度はどのポジションか?」といった「プロセス連携とデータ統合」によってもたらされる情報の分析によって「情報志向経営」が実現されるからだ。

 これからの企業が選択すべきソリューションは、様々なシステムやデータベース間で自由に統合とプロセス連携が可能なIT基盤であり、綿密な要件定義の確認と、それらをきちんとベンダーに伝えていくタフな交渉能力が必要だ。ベンダー側はそれに応えられなければ、存在意義を失うことになる。