128kビット/秒(bps)のmp3やAAC形式のデジタル音楽だけを,iPodなどの携帯オーディオ・プレーヤで聴いていると,本物の音楽からどんどん遠ざかっていく。iPodをオーディオ装置につないで再生した音と,元々のCDの音を,普通のオーディオ装置で比較して聴いてみればよく分かる。そして,CDよりさらに良い音質のデジタル・オーディオが存在する。mp3がデジタル・オーディオを代表する音質だということがまかり通っているとするならば大変な誤解で,デジタル・オーディオは,実はもっとよい音がするのだ。

 レコード会社が音楽の演奏をデジタル録音する場合,PCM(Pulse Coded Modulation)方式か,DSD(Direct Stream Digital)方式を採用するのが一般的だ。PCMで録音したものは,最終的にはCDやDVD-Audioとして販売される。DSDで録音したものは,SACD(Super Audio CD)として販売される。

 PCMでは,サンプリング周波数(レート)とサンプリング・ビット数を決めて録音する。サンプリング周波数という言葉は,音の周波数とは無関係で,単位時間当たりのサンプルを取る回数のことである。単位は「Hz」で,この値が大きければ,より原音に忠実になるが,データ・サイズが大きくなる。例えばCDでは,44.1kHz,DVD-Audioでは96kHzまたは192kHzなどが選択される。DVD-Audioは大きなデータを収めるためにDVDを利用しているわけだ。44.1kHzのCDは,周波数約20kHzまでの信号(音)を表現できる。人間が聞くことのできる音はこの20kHz程度までと言われているが,実際の楽器の音には遥かに高い音まで含まれており,そのような高音域まで再生すると,明らかに音質が向上することが確かめられている。サンプリング周波数96kHzだと48kHzまでの信号を表現することができ,楽器やボーカルの音色をより忠実に再現できる。

 一方,サンプリング・ビット数は量子化ビット数のことであり,サンプリングしたデータを何ビットで表現するかを決める。ビット数が多ければ多いほど原音に忠実になるが,データ・サイズは大きくなる。ビット数が少ないと,小さい信号(音)の再現性が悪くなる。オーディオCDのビット数は16ビットである。24ビットであれば16ビットの256倍の細かさで表現できるわけだ。

 PCM高音質デジタル・オーディオのフォーマットには,非圧縮の24ビット,96kHz(略して2496)もしくは192kHzが採用されている。だが,このフォーマットで購入できるのはDVD-Audioか,オンキョーマーケティングがWebサイト「e-onkyo music store」で販売している曲などに限られる(図1)。DVD-Audioを再生するには,例えばパイオニアのDV-696AVのようなマルチ・フォーマット対応のプレーヤが必要だ。パソコンでは,Sound Blaster Audigy2のようなサウンド・カードが対応している。DVD-Audioの再生機器は,DVD-AudioのWebサイトで紹介されている。


図1●高音質の24ビット,96kHzの音楽ファイルを販売しているe-onkyo music storeのWebサイト
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 対するDSDは,PCMとは全く異なる方式で,ΔΣ変調方式を採用している。非常に大雑把に説明すると,1ビットが,LowとHighの状態を非常に高速に遷移して,音の高低を表現している。音声信号の大小を1ビットのデジタル・パルスの濃度(濃淡)で表現する方式で,原音のレベルが高い(音が大きい)とHighの状態がLowより多くなり,原音のレベルが0ならばLowとHighの数が同じになる。SACDのサンプリング周波数は2.8224MHz(CD=44.1kHzの64倍)である。音質は,周波数特性20kHz,ダイナミック・レンジ94dBのCDをはるかに凌駕し,周波数特性は100kHzを超え,ダイナミック・レンジは120dB以上を実現している(ダイナミック・レンジは大きな音と小さな音までの幅のことで,大きいほどよい)。パソコンでDSDを扱うには高速のCPUが必要で,2005年9月に発表されたソニー VAIO type R,type H,type Vに初めてDSDの録音・再生機能が搭載された。SACDの再生はこれらの機種でもできない。

専用ハードウエアが必要

 2496などを良い音質で再生するには,パソコン用のオーディオ・ハードウエアを2496に対応した高音質なものにアップグレードする必要がある。パソコン用オーディオ・ハードウエアで人気があるのは,IEEE1394インターフェースのものだ。ケーブル1本で接続できるので,便利である。

 パソコン用のオーディオ・ハードウエアを接続して2496と1644.1(通常のCDの音質)を比較した。実験したオーディオ・ハードウエアは次の通りである(図2)。

・RME Fireface 800(21万円程度)
・RME Hammerfall DSP Multiface(PCMCIA)
・TerraTec PHASE 88 Rack FireWire
・マザーボード(ASUS A8N-SLI)搭載のオーディオ・ハードウエア Realtek ALC 850

 なお,RME Hammerfall DSP Multifaceはノート・パソコン用で現在は販売が終了している。後継機種はFireface 400で,価格は15万円程度である。


図2●RME Firewire 800。最大入出力チャンネル数28,24ビット/192kHzサポート,高品位マイク・プリアンプを搭載する
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 一方,オーディオ・システムには,以下のものを使用した。

・スピーカ ALR Jordan Entry Si
・プリメイン・アンプ Musical Fidelity A3.2

試聴に使用した音楽ファイル

 実験に使用した音楽ファイルを以下に示す。読者の皆さん自身で2496と1644.1を比較できるよう,ここで使用した高音質データ・ファイルをダウンロード可能にした。以下のリンクからダウンロードできる。

1.未発表のヴァイオリン生録音
   
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ 第2番ニ短調 BWV1004「シャコンヌ」(一部分)
ヴァイオリン 大谷康子
使用ヴァイオリン Pietro Guarneri

第2回 大谷康子 無伴奏ヴァイオリン演奏会
東京交響楽団コンサートマスター
2006年7月7日(金)19時 浜離宮朝日ホール

マイク Schoeps CMC621
マイク・プリアンプ RME OctaMic
ソフトウエア Steinberg WaveLab 6.0

 これは,著名なレコーディング・エンジニアの行方洋一が録音したファイルである。2チャンネル,2496デジタル・ダイレクト・レコーデイングである。本データはそのオリジナル録音ファイルを2496のWMA Lossless形式にした,全くの生ファイルである。16ビット,44.1kHzのファイルは,MicrosoftのWebサイトで配布されている「wmal2pcm.exe」を使用して2496のwav形式に変換後,さらにfoober2000によって変換したものである。発売前の貴重なマスター・データを特別にご提供いただいた。

・2496形式ファイル  bach2496.zip zip形式でダウンロード(50.1Mバイト)
・1644.1形式ファイル bach16441.zip zip形式でダウンロード(26.2Mバイト)

2.未発表のジャズ演奏

Global Warming #1
publisher is Don Grusin Music,
the Artist is Don Grusin (C) 7.24.06

著名なジャズ・ピアニストのドン・グルーシン(Don Grusin)が,ソフトウエア・シンセサイザ「Reason 3.0」を最近使用し始めて1週間で作曲した習作。この記事のために特別にご提供いただいたものである。

・ファイル00 Original.zip zip形式でダウンロード(17.6Mバイト)
・ファイル01 YoichiNamekata01.zip zip形式でダウンロード(39.1Mバイト)22.1
・ファイル02 YoichiNamekata02.zip zip形式でダウンロード(43.4Mバイト)
・ファイル02の1644.1版 YoichiNamekata16441.zip zip形式でダウンロード(20.6Mバイト)

 3種類のファイルの違いは以下の通り。2496と1644.1の比較だけではなく,プロのレコーディング・エンジニアがどのような付加価値を音楽に与えるかがよく理解できる。

 ファイル00は,Don Grusinが自ら作曲したReasonファイル(ソフトウエア・シンセサイザReasonのデータ・ファイル)を2496にレンダリングし,WaveLab 6で2496のWMA Lossless形式に変換したもの。

 これに対してファイル01とファイル02は,著名なレコーディング・エンジニアの行方洋一がリマスターしたもの。

 ファイル01の詳細は次の通り。Don Grusinが自ら作曲したReasonファイルを2496AIFFマルチトラック・チャンネル形式にレンダリングし,Nuendoにマルチチャンネルでエクスポートした。Nuendoで各チャンネルごとにSonalksis SV-315(ソフトウエア・コンプレッサ),SV-517(ソフトウエア・イコライザ),DQ1(ソフトウエア・ダイナミック・イコライザ),CQ1(ソフトウエア・ダイナミックス・プロセッサ)を使って,質感からデジタル臭さを消し,よりめりはりのある楽器表現のミックスを行った。ただし,リバーブとエコー成分はDon GrusinがReasonで付加したものを採用する。従って,ステレオの楽器定位はミュージシャンのオリジナルに近い。内部処理32ビット・ファイルのまま,WaveLab 6にエクスポートし,WaveLab 6でDCオフセットを調整。Sonalksis DQ1,CQ1を使った周波数帯域ごとの最終レベル調整を経て,2496のWMA Lossless形式にしたものである。

 一方のファイル02の詳細は次の通り。Don Grusinが自ら作曲したReasonファイルを2496AIFFマルチトラック・チャンネルにレンダリングし,Nuendoにマルチチャンネルでエクスポートした。Nuendoで各チャンネルごとにSonalksis SV-315,SV-517,DQ1,CQ1を使って,質感からデジタル臭さを消し,よりめりはりのある楽器表現のミックスを行った。リバーブとエコー成分はDon GrusinがReasonで付加したものを一旦バイパスし,ノンエフェクトの状態でNuendoにエクスポートした。Nuendo上で各トラックごとにリバーブとエコー成分を付加した後,ステレオ楽器定位にミックスダウン。これは行方洋一のオリジナルの楽器定位である。より定位が明確になり,立体的なミックスダウンとなっている。ファイル01と同じく内部処理32ビット・ファイルのまま,WaveLab 6にエクスポートし,WaveLab 6でDCオフセットを調整。Sonalksis DQ1,CQ1を使った周波数帯域ごとの最終レベル調整を経て,2496のWMA Losslessにしたものである。

3.e-onkyo 2496の曲

ドヴォルザーク:交響曲第5番&第9番「新世界より」 
ズデニェク・マーツァル(指揮)チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
第9番 第4楽章冒頭

モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番,第20番 
ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ&指揮)パドヴァ管弦楽団
第20番 第3楽章冒頭

四季(フォーシーズンズ)他
秋吉敏子
サドゥンリー・イット・イズ・スプリング
著名なレコーディング・エンジニアの行方洋一がリマスターしたもの。

 e-onkyo music storeが販売している2496の曲については,販売サイトにある128kbps(44.1kHz)の試聴用ストリームと,販売されている2496 WMA Lossless形式のファイルを比較した。

試聴結果

 以下の視聴は,あくまでも筆者の主観によるもので,視聴者やオーディオ・システムが異なれば評価が変わる可能性がある。

J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ

 大谷康子のすばらしいヴァイオリン演奏がどこまで再現できるかが試聴ポイントだ。筆者は大谷康子の生演奏を何回か聴いているのでその記憶を参考に比較した。

 マザーボード搭載のRealtek ALC 850では,ぼやっとしたヴェールがかかった感じ。2496の効果は出ない。高ビット・レートの再生は,やはり専用のオーディオ・ハードウエアが必要であることを再確認できた。無伴奏ヴァイオリン・パルティータは,筆者にとって猛暑を吹き飛ばす効果があるが,ALC 850ではその効果が体験できない。

 一方RME Fireface 800では,ALC850に比べ非常に透明感が高く,クリアーなサウンドである。1644.1に比べて2496は,はっきりと解像度が上がり,高域の艶やかな伸びがよく再生される。猛暑が,吹き飛んだ感じだ。

 RME Hammerfall DSP MultifaceはFireface 800よりも音質は落ちるが,同じような傾向の音色で,2496の効果も良く出ている。

 TerraTecは,音質が薄っぺらで,2496の効果もあることはあるが,RMEほどはっきりとは聞こえない。

Global Warming #1

 Global Warming #1は,行方洋一のリマスターを中心に試聴した。2496はピアノの音色が深みと艶を増し,バックの楽器も全体的な空間表現が良くなるのがわかる。シンセの高域も,2496の方が良い。

ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」

 ALC 850では,まことに情けない音で,単に楽器が鳴っているという感じ。多数の楽器のセパレーションも悪い。オーケストラの空間的な広がりも感じられない。

 Fireface 800では,特に2496,でこれらの欠点が消え去った感じだ。1644.1では,やはりクオリティが落ちる。TerraTecでは2496の良さがあまりはっきり出ない。

ちなみに,同一曲,同一オーケストラ,同一レコード・レーベルのSACD(EXTON OVCL-00250,2006年8月新譜)を聴いてみた。SCADプレーヤーにはMarantz SA-1(2000年2月発売,55万円)を使用した。その結果,SACD(DSD)の音はやはりすばらしいことが確認できた。2496 WMA Lossless形式をFireface 800で再生した場合に比べ,分解能とダイナミック・レンジがはっきりと良くなり,奥行き感,立体感もよくなる。ただし,これは同一のDAC(D/Aコンバータ)で比較しているわけではなく,RME Fireface 800とMarantz SA-1を比較していることになる。

 そこで念のため,SACDとDVD-Audioを両方再生できるPioneer DV-585Aで同一レコーディングを比較してみた。DVD-Audioのレコードは,EXTON OVCL-00180(2496)である。このレコードにはCDも付属している。DV-585AではSACDとDVD-Audioの差はほんのわずかしかなかった。DV-585Aは2万円以下という低価格機種である。DV-585AでのCDとDVD-Aの比較では,はっきりとDVD-Audio(2496)の良さがわかる。よりクリアーで,もやっとした感じがなくなる。CDとSACDの比較では,SA-1も,DV-585Aも,SACDが,周波数特性の良さ,ダイナミック・レンジの広さがよくわかる。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 第3楽章冒頭

 ピアノの音色の違いがFireface 800ではっきりと分かる。2496では艶やかな感じがよく再現されるが,1644.1ではモヤモヤとヴェールがかかった感じである。オーストラの弦楽器も同様の傾向にある。全体的な空間の広がり,ホールの余韻が2496ではよく表現されている。

秋吉敏子

 秋吉敏子も同様の傾向だ。Fireface 800と2496の組み合わせでは,かなりリアル感が増し,思わず聞きほれてしまう。

 総合的に判断すると,パソコンでの2496再生は効果はあるが,それなりのオーディオ・ハードウエアを用意しないとその効果は十分出ないということが言える。