「安全性」とは,そもそも「倒産に対する安全性」ということである。「倒産」とは,キャッシュがなくなる現象のことだ。したがって,安全性とは「キャッシュの支払能力」を意味する。

 安全性を分析する方法は大きく分けて2つある。ストックに注目して静態的な分析をする方法と,フローに注目して動態的に分析する方法である(図1)。

図1●安全性分析の体系

 ストックに注目する静態的な分析方法は,貸借対照表から読み取れる支払原資と支払義務との関係から,支払能力を分析する。この方法は一定の傾向を見るには有益だ。しかし,あくまでも動きのない貸借対照表だけを元に分析する方法なので,簡便的な方法といえる。特に,実際のキャッシュの出入りのタイミングなどの動きまでは見ることができないという限界がある。このため,静態的な指標が良いにもかかわらず,現実には入金より先に多額の出金があるためにキャッシュがショートしてしまうということが起きてしまう。

 このような限界を克服するためには,実際のキャッシュの動きを見るしかない。これがフローに注目する動態的分析だ。実際のキャッシュの動きを月単位,場合によっては日単位で見ていくので,ミクロ的な分析方法といえる。

 動態的分析は資金管理の色彩が強いので,ここでは静態的分析に焦点を当てて解説することにしよう。


静態的分析では貸借対照表の資産と負債を比較

 安全性の静態的分析では,貸借対照表だけを使う。貸借対照表に記載された資産は,企業に将来のキャッシュフローをもたらしてくれるものである。すなわち,資産は企業にとってのキャッシュの支払原資に当たる。一方,負債は将来の支払義務である。

 ということは,支払原資と支払義務の大小関係を比較すれば,企業の支払能力をマクロ的に判断することができる。すなわち,支払義務よりも支払原資の方が大きければ安全と判断できるし,その逆ならば安全ではないと判断できる。

 そこで,支払原資と支払義務の大小関係を見るために,支払原資である資産を支払義務である負債で割った指標を使う。これが100%以上であれば,支払義務よりも支払原資の方が大きいので安全と判断するわけである。これが静態的安全性分析の基本的な考え方だ(図2)。

図2●静態的安全性分析の基本的な考え方

 後は,この基本的な考え方に,流動部分と固定部分の違いを加味することによって,短期の安全性と長期の安全性を分けて考える。以下,短期安全性と長期安全性を順に説明していこう。


短期安全性は流動比率で判断する

 短期的安全性とは,おおむね1年以内の支払能力である。

 支払義務である負債のうち,流動負債にはワン・イヤー・ルールによって1年以内に支払期限が到来する支払義務が計上されている。1年以内の支払義務に対しては,1年以内にそれを上回る入金予定がないと支払能力としては心配である。そこで,おおむね1年以内の支払義務である流動負債に対応する支払原資として,おおむね1年以内に現金化される予定の流動資産を対応付けたものを,短期的安全性の指標として用いる。これを「流動比率」という(図3)。

図3●短期的安全性は流動比率で判断する

 流動比率は,支払原資である分子の流動資産が,支払義務である分母の流動負債より多い状態が安全な状態なので,100%以上が安全ということになる。

 流動比率を使用する際は,以下の2点に注意が必要である。

 第1の注意点は,仮に流動比率が100%以上であっても,分子である流動資産のすべてに換金性があるとは限らないことだ。例えば,流動資産に多額の売掛金が計上されていたとしよう。この売掛金が販売増加に伴うもので,かつ,予定通り入金される見込みがあれば問題ない。しかし,得意先の支払状況が悪く,その結果滞留している売掛金であれば,換金性は疑わしくなる。また,棚卸資産(在庫)も注意が必要だ。今後の需要増加に備えて在庫を抱えており,かつ,見込み通り出荷されていくのであれば問題ない。だが,販売不振の結果,売れ残った商品の山だとしたら,やはり換金性は疑わしい。このように,流動資産に換金性の低いものが含まれている場合は,流動比率を鵜呑みにすることはできない。

 第2の注意点は,流動比率からは入出金のタイミングまでは分からないということだ。安全性分析の目的は,企業の支払能力を見ることであり,実際の支払能力を考える上では,入出金のタイミングが重要になる。例えば,流動資産が2000万円,流動負債が1000万円あったとしよう。流動比率は200%となり,安全性は非常に高い水準となる。しかし,流動資産の2000万円が実際に現金化されるのは1ヵ月後,流動負債の1000万円の支払期限が明日だったらどうだろう。たとえ流動比率が高くても,明日手元に1000万円がなければ,この企業は文字通り,終わりである。流動比率は,期末という特定の一時点において集計された貸借対照表の情報だけを使うので,このような細かいタイミングまでは分からないのである(注1)

 上記のような限界を補うために,流動比率には「当座比率」や「現金比率」などの補助比率が使われることがある。

 当座比率は,流動資産の中でも換金性の高い資産に絞って,それが流動負債をカバーしているかを見る指標である。現金比率は,現金・預金だけで流動負債をカバーしているかを見る指標である。当座比率や現金比率が100%以上であれば,確かに流動負債の支払能力としては安全である。しかし,当座比率や現金比率が100%以上となることはほとんどない。これらが100%以上ということは,逆に,必要以上の手許資金を持っているということである。だとすると,手元資金を有効に活用できていない可能性がある。その場合は,現在は安全であっても,将来の成長という点で不安が残る。

 従って,当座比率や現金比率は,まさに補助的な比率と思っていいだろう。その意味を理解しておけば十分であろう。

 なお,流動比率が低いからといって安全性に問題があるとは限らない。例えば,業種別の流動比率を比較すると東京電力,関西電力など電力会社(電気業)の流動比率が極端に低いのが目立つ。これらの企業は,電力を売って収益を上げている。その対価である料金はほぼ翌月に現金で回収される。従って,手許にそれほど資金がなくても企業のキャッシュフローとしては不安がなく,支払能力に問題が出ないのである。ガス・水道業の流動比率が低いのも同様の理由である。

(注1)このようなことを考慮して,モノの本には「流動比率は200%以上が望ましい」などと書いてあることが多いが,現実的には200%以上となるのは稀である

■金子 智朗 (かねこ ともあき)

【略歴】
 コンサルタント,公認会計士,税理士。東京大学工学部卒業,東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。日本航空株式会社情報システム本部,プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント等を経て独立。現在,経営コンサルティングを中心に,企業研修,講演,執筆も多数実施。特に,元ITエンジニアの経験から,IT関連の案件を得意とする。最近は,内部統制に関する講演やコンサルティングも多い。

【著書】
 「MBA財務会計」(日経BP社),「役に立って面白い会計講座」(「日経ITプロフェッショナル」(日経BP社)で連載)など。

【ホームページ】
http://www.kanekocpa.com

この連載記事の目次へ