オープン化の進展やIT投資の抑制などによってユーザー企業の悩みが膨らんでいる。そこでベンダーに強く求められているのが,それらの課題を解決するための「提案力」だ。成功のカギは,提案を“プロジェクト”として捉え,再現性のある形に高めることにある。

 「もう少し踏み込んだ提案書を出してくれないか」,「単なる製品紹介なら,いらないよ」――。2003年初頭,プロジェクト・マネジャーを務める伊藤忠テクノサイエンスの山田浩氏は,相次ぐ顧客企業からの苦言に対し,頭を悩ませていた。自分たちの作る提案書が,顧客に受け入れられずにいたからだ。

 「かつては,サン・マイクロシステムズのサーバーやオラクルのデータベース管理ソフトなど,競争力のある製品が,それこそ“黙っていても売れる”時代があった。ところが最近のユーザー企業は,単なるデータベース・システムの構築ではなく,全社的なデータ統合やその活用方法,取引先や関連会社とのデータ連携をどうするかといった,より高度なソリューションを提案に求めるようになってきた」(山田氏)。

 そうした高度なソリューションをどのように提案すればいいのか。山田氏をはじめとする同社のITエンジニアは,大きな壁に突き当たっていた。そこで同社は今年6月,ITを活用した経営戦略に関する提案やコンサルティングを専門に行う組織「ビジネス・コンサルティング本部(別名「マキシス・ビジネス・コンサルティング」)」を設置。経営戦略の立案や業務分析,システム企画に関する幅広い提案やコンサルティングサービスを,組織的に実践していく方向に舵を切った。

 この組織にマネジャーとして加わった山田氏はこう語る。「私たちに今,最も必要なのは,ユーザー企業の抱える課題が何かを見極め,それを解決する方策を生み出す提案力にほかならない。それを伸ばす取り組みに,今まさに着手したところだ」。

今こそ「提案力」が必要に

 ユーザー企業が情報システムについて抱えている悩みは,大きく膨らんできている(図1)。

図1●情報システムに関してユーザー企業が抱える主な悩み
図1●情報システムに関してユーザー企業が抱える主な悩み
情報システムが経営基盤になり,かつIT環境の複雑化によって,ユーザー企業は多くの悩みを抱えるようになった。それに伴い,ベンダーに対しては,単に要件を満たすハードやソフトの提案ではなく,自分たちのビジネスや業務上の課題を解決してくれるソリューション提案を求めるケースが増えている

 例えば,「売上や利益に貢献する情報システムを早く,安く構築しなければならない」,「情報システムが取引先とつながり,データの整備やアプリケーションの見直しに迫られている」,「インターネットの普及とオープン化の進展で,どの製品・技術をどのように選択していいか分からない」…。ユーザー企業の悩みは,膨らむだけではなく,多岐にわたっている。

 中でも,情報システムを構築する際のハードやソフトの選択肢が多様化・複雑化し,ユーザー企業を大いに苦しめている。KDDIで情報システム部・本部長を務める繁野高仁執行役員は,「システム構築の方法ひとつとっても,選択肢はスクラッチ開発やパッケージソフトの導入,最近ではアウトソーシングなど実に多い。そのうえ,使用する製品や技術は複雑化・高度化しており,どれを選べば将来にわたって最も効果的な情報システムを構築できるのか,なかなか判断がつかない」と言う。ユーザー企業は,その解決策をITベンダーに求めているのだ。

 一方で,ITベンダーにとっても提案力の向上は,もはや“至上命題”と言っても過言ではない。企業のIT投資額は伸び悩み,単純な仕事は中国やインドなどへ流出している。そうした状況で高い提案力を持たないことは,「売上確保」ができないことを意味する。

提案はプロジェクト

 では,提案力を高めるためには,具体的にどうしたらいいのか。約30社におよぶベンダーやコンサルティング会社を取材したところ,1つの重要なカギが浮かび上がった。それは,提案活動をプロジェクトとして捉え,組織的に戦略を立てて取り組むことである*1

 数多くの提案書を作成・評価してきた日本IBM サービス事業部品質技術担当の大久保隆氏は,チームとして取り組むことの重要性を強調する。「提案内容を個人に依存しない形で作り,再現性のあるものに高めることが重要。そのためにも,チームの編成やメンバーの役割,提案書の作成プロセスなどを,組織として見直し,戦略を立てるべきだ」(大久保氏)。

 情報システムが広範に普及するに伴って,ユーザー企業のニーズは専門化・高度化している。「それに応えるためには,1人ですべての分野をまかなうことはできない」(日本HP システム製品本部第四システム本部の室橋浩貴プロジェクト・マネジャー)という事情もある。

 チームで取り組む際には,まず提案書を作成するための「プロセス」を明確にし,メンバーの間で共有する必要がある。実際のシステム開発と同様に,手順がバラバラではチームが一体となって動けない。

 では,提案書作成プロセスは,どんな手順で行うべきなのか。取材をもとに一般的な流れを整理したのが図2だ。顧客から「RFP(提案依頼書)」を受け取って,契約に至るまでの流れを示している。大きく「案件発生」,「整理・分析」,「コンテンツ作成」,「プレゼンテーション」,「クロージング」という5つのフェーズがある。

図2●提案書の一般的な作成プロセス
図2●提案書の一般的な作成プロセス
RFPを受け取ってから,契約に至るまでの提案書作成のプロセスを示した。特に重要なフェーズは「整理・分析」である。ここで,顧客要件を正確に整理し,課題構造や具体的なソリューションを導き出す。自社の「切り口」も明確にする必要がある

 一方,開発プロジェクトにおいて工程ごとの「成果物」があるように,一連の提案プロセスの中でも,タイミングに応じて提出すべき「提案書」の種類は異なっている。呼び方はまちまちだが,一般に「事前提案書」,「一般提案書」,「最終提案書」の3種類に分かれる(表1)。

表1●提案書の種類と特徴
表1●提案書の種類と特徴
提案書には,ユーザー企業に“課題への気付き”を与える「事前提案書」と,RFPに対する具体案を示した「一般提案書」と,契約の前提となる「最終提案書」の3つがある。コンペに提出し,プレゼンテーション時に用いるのは,一般提案書だ
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 どの提案書も重要な役割を持つが,その中でも「一般提案書」はコンペのプレゼンテーションで用いる提案書なだけに,十分に吟味しなければならない。つまり,「第一に顧客の要件を満たしている,第二にプロジェクトの体制や推進方法などの実現方法が妥当である,第三に競合他社との差別化がある」(アクセンチュアCRMグループ統括パートナー兼通信・ハイテク産業本部通信業パートナーの樋田真氏)という条件を満たしていることが原則である。