先日の弊誌が報じたニュース「米Microsoft,Windows部門の幹部社員を大幅に入れ替え」によれば,Windows NTのアーキテクトであるDavid Cutler氏が7月,Windows OSの開発部門からオンライン・サービス「Windows Live」の開発部門に異動したという。Cutler氏らによるWindows NTの開発物語「闘うプログラマー(原題:Show-stopper!)」(1994年,小社刊)を読まれた方も多いだろう。そうあの「闘うプログラマー」が,ついにWindowsの開発現場を離れたのだ。

 Cutler氏は1942年3月生まれの64歳。米Digital Equipment(DEC)でミニコン用OS「VMS」を開発した後,米Microsoftに移籍し,Windows NTを一から作り上げた。Cutler氏はアーキテクト/開発者として,初期バージョンのWindows NTだけを開発したわけではない。以前弊誌に掲載した,Windows Server部門の責任者であるBob Muglia氏へのインタビュー「Bob Muglia氏が語るWindows Serverの将来(第3回)」によれば,Cutler氏はAMD64向けのWindows XP,Windows Server 2003(つまりx64 Edition)の開発に大きくかかわり,「DaveはまさにAMD64にかかわるあらゆる所にいました。Daveはそのチップの設計と,非常に密接して仕事をしました」(Muglia氏)という。

 また筆者も,米AMDのAMD64担当者にインタビューした際に(関連記事:「Windows x64はAMD64にスペシャル・チューニングされていると米AMD」),「Windows x64 Editionは,AMD64にスペシャル・チューニングされています。その最大のものが,デフォルトでNUMA(Non Uniform Memory Access)をサポートしていることなのです。これを推進したのはDavid Cutler氏のチームなのですよ」という証言を得ている。現在の最新バージョンである「Windows XP x64 Edition」「Windows Server 2003 x64 Edition」にも,Cutler氏が大きく関与しているのだ。

 一説によれば,Microsoftが開発した初めての「AMDプロセッサ用OS」である「x64 Edition」は,DEC出身のCutler氏と,AMDに移籍したAlphaプロセッサ(DECが開発した64ビット・プロセッサ)の開発者らによる「DEC人脈」が生み出した製品とも言われている(真偽のほどは定かではない)。

ワクワクした「闘うプログラマー」

 「闘うプログラマー」に描かれた,スキーなどのアウトドア・スポーツが好きで,性格も荒い「鬼軍曹」タイプのCutler氏が,様々な軋轢(あつれき)を生み出しながらWindows NTという巨大OSを生み出していく姿に,ワクワクした人も多いだろう。筆者もその1人だ。

 個人的な話題で恐縮だが,筆者が「闘うプログラマー」を読んだのは,全くの偶然だった。1995年2月,某大学商学部の1年生だった筆者は,大学入学後1年間のバイトでためた小遣いで,自分にとって初めての本格パソコン「PC-9821 Ld」(33MHz動作の486SXを搭載するWindows 3.1搭載サブノート・パソコンだった)を購入した。

 それまで筆者が「触れた」ことのあるパソコンは,ゲーム機として買った「MSX」と,中学校のコンピュータ・ルームに「日米貿易摩擦の影響を受けて」(当時の教師談)40台ほど配備された「Macintosh」だけだった。「触れた」というのは,ゲームを遊んだりしたことがあるだけで,とても「使った」と言い切れない状態だからだ。よって筆者にとって,購入したばかりのWindows 3.1搭載パソコンは,とても不可解な存在だった。

 この不可解なパソコンのことに少しでも詳しくなろうと,たまたま手に取った1冊(上下巻なので正確には2冊)が,「闘うプログラマー」だった。当時筆者は,Microsoftについて「MSXの電源を入れると表示される名前」程度のことしか知らず,Windows NTのことはもちろん「OSという概念」すら理解していなかった。

 それでも筆者は,「闘うプログラマー」にワクワクした。OSとは何か,Microsoftがどういう会社か,Windows NT以前にMicrosoftと米IBMとの間に何があったのか---などが分かりやすく記されていたので,知識の無さは問題にならなかった。そして,プログラマーがどういう連中か,彼らのワーク・スタイル,ライフス・タイル,モチベーションの要因,悩みが生々しく伝わってきて,巨大プログラムを生み出す困難さが,素人にもよく理解できた。

 「この本に影響されてプログラマーを目指しました」と言えれば格好いいところだが,筆者はプログラマーの生態そのものよりも,その生態を描き出したジャーナリズムの方に強い関心を抱き,今に至っている。それでも「闘うプログラマー」は,筆者に多くのものを与えてくれた。商学部出身で,入社当初「日経レストラン」に配属された筆者が,偶然配属された「日経Windowsプロ」でもそれなりにやって行けたのは,本書のおかげとしか言いようがない。

 しかし「闘うプログラマー」以降,Microsoftを題材にした書籍で,非技術者でも胸を躍らせるような物語に筆者は出会っていない。われわれMicrosoftウォッチャーが不甲斐ないからかもしれないし,読者やジャーナリストの興味が,Microsoftから米Googleなどに移ったからかもしれない(筆者が不勉強だからかもしれない)。

 確実に言えるのは,Microsoftの社内で,読者が「読みたい」と思ったり,ジャーナリストが「伝えたい」と思ったりするような出来事が起きなければ,「闘うプログラマー」のような書籍は二度と出てこないということである。Cutler氏は,Bill Gates氏の後継者である新チーフ・ソフトウエア・アーキテクトRay Ozzie氏の直属の部下になって,Windows Liveの開発に携わるという。Ozzie氏とCutler氏という2人の1980~90年代の伝説の人物が,2010年に向けた新しいプラットフォームをどう作り出そうとしているのか,期待して見守りたい。