坂村健・東京大学教授が力を入れているのが,ユビキタス・コンピューティングの普及・推進だ。日本国内はもちろん,世界各地で進めている各種の実証実験を振り返りつつ,「日本発のインフラ・イノベーション」たるユビキタス・コンピューティングの可能性を語る。 (聞き手=ITpro発行人 浅見直樹,構成=ITpro 高下義弘,写真=栗原克己)

坂村健・東京大学教授/YRPユビキタス・
ネットワーキング研究所長

2005年から2006年にかけて,坂村教授は全国でさまざまなユビキタス・コンピューティングの実験に関わってきました。

 特に力を入れているのは国土交通省の「自律移動支援プロジェクト」です(プロジェクトのWebサイト)。自律移動支援とは誰もが人の助けを借りずに,自分の意思で自由に移動できるようすることです。その実現のためのインフラとして,例えば道路や案内板にアクティブRFIDやパッシブRFIDを埋め込む。歩行者が持つ端末は,それらから場所識別番号を読み取り,ネットワークからその場所に関する情報を得たり,それを手がかりにヒューマンスケールのナビゲーションなどのサービスを呼び出したりする。そういう場所と情報を結びつける汎用的な「場所情報インフラ」の整備が,このプロジェクトのキーポイントです。

 高齢者や障害者の移動はもちろんですが,同じインフラを観光案内に使ったり,災害時に避難場所を教えたり,といったことにも使えるので,応用範囲は実に広い。国家プロジェクトであるのはもちろんですが,情報をオープンにしていることもあり,いろいろな組織がプロジェクトに参加しています。民間企業でこのインフラを利用しようという動きも出ています。

 日本は世界で最初の少子高齢化社会を迎えます。国土交通省がハートビル法や交通バリアフリー法など法整備を進めた結果,駅にエスカレーターやエレベータが設置されるとか,一定規模以上のビルには障害者用のトイレを設けるようになるとか,かなり環境は良くなってきました。ところが,そういったハードウエアの整備だけでは不十分であることも分かってきました。

 例えば地下街にいくらエレベータを設置しても,どこにエレベータがあるのか知らせることができなければ,意味がありませんよね。自分が今いる場所から一番近いエレベータや障害者用トイレの位置を知らせる,一番安全な避難経路を教える,そういったソフト面の強化を進める必要がある。そういうわけで,ハートビル法や交通バリアフリー法を補完するものとして,国交省が自律移動支援プロジェクトを強力に推進しているわけです。

 最近はネットの地図サービスを使って事前に場所情報を調べるのが簡単になりました。それはそれで便利ですが,いま自分のいる場所からどう行けばよいのか,その時その場の状況や自分の身体条件に合った最適経路をすぐ調べられる,というメリットはやはり大きい。その場に行ったら工事中で通れないとか,電車が止まってしまったとか,大量の自転車がじゃまで車椅子では通れなかったとか。人間はネットの世界に生きているわけではなく,リアルな世界に生きているのですから。  

 しかもこのプロジェクトで作っているのは今後の日本社会に必要なインフラです。極端な少子高齢化を世界で一番最初に迎える日本だからこそやらなければということで,私はこのプロジェクトにかなり燃えています。

 これまで自律移動支援プロジェクトでは,神戸や津和野,浅草,上野など全国各地で実証実験をしてきました。今年の12月には,銀座で「東京ユビキタス計画・銀座」という実証実験を実施します。最近は民間企業や地方自治体も積極的に自律移動プロジェクトのインフラを使い始めました。例えば伊勢丹が屋上庭園の案内サービスに使っています。青森県や奈良県、熊本県,東京都の新宿区,板橋区や大阪の堺市,静岡市など全国各地でこれを使った新しい取り組みを検討しています。大規模再開発を行っている民間デベロッパーで,このインフラを採用しようという動きもあります。

 こうしたプロジェクトは世界に例がないユニークなものです。この調子で進んでいけば,10年後には日本全土に場所情報インフラの整備がされるでしょう。そのとき,このインフラの威力は日本だけでなく,世界にも理解してもらえると確信しています。