アドビシステムズ(以下アドビ)は2006年8月4日、クリエーターを対象としたイベント「Adobe IDEAS 2006」を新木場STUIO COASTで開催した。若いクリエーターから注目を集めるスピーカーをセッションに招くなど、かつてマクロメディアが打ち出していたカルチャー色の強い方向性を踏襲した形だ。講演会場はダンスフロア、製品体験コーナーはプールサイドのバー。アドビといえばスーツ姿の印刷関連業界人を集めたビジネス寄りの勉強会、というイメージは古いようだ。


会場入り口。パーティーのような雰囲気だ

 基調講演では米国アドビシステムズからジム ジェラルド・Web&ビデオ製品担当バイスプレジデントが登壇し、クリエーティブ市場の現状分析から開発中の新製品「Apollo(アポロ)」とその戦略について語った。

エンゲージメントプラットフォーム

 講演によると、アドビは今後、マクロメディアとの経営統合によって集まった数々のデザイン向け製品を、機能の連携を重ねることで「エンゲージメントプラットフォーム」という概念に集約させる予定だという。


基調講演中のジム ジェラルド氏。
アドビ製品を使っている人、手を挙げて?といきなり市場調査

 現在Creative Suite(以下CS)としてPhotoshopやIllustratorなどの印刷向け中心ツールはシームレスな連携機能を搭載しているが、FlashやDreamweaverという旧マクロメディア製品はStudio製品として別グループに属している。これを将来的には一度分割、再構成してCS製品にまとめる予定だという。2006年1月19日発表のAdobe Production SuiteはFlash Videoの書き出し機能を搭載しており、2社の技術を初めて統合した製品だが、共通のファイルを扱えることから1歩踏み込んで、ツール間の作業の移行をスムーズにする予定だ。

 基調講演中のシミュレーション映像ではIllustrator CS2で作成したベクターグラフィックをそのままFlash8に読み込んでアニメーション化し、次にFlash8とオンラインプレゼンテーションツールのBreezeの連携で遠隔プレゼンを行いながら、さらに遠隔地の参加者がFlashムービーに修正を加えるというもの。アドビ製品群というプラットフォームを介して行った1つの作業が、ウェブや映像、印刷へとマルチに展開するというイメージだ。ワークフロー向上にフォーカスを当てた機能統合が期待される。

GoLiveはCSから離脱

 またジェラルド氏は経営統合後頻繁に質問を受ける事柄として、過去に競合していたツールの処遇を挙げた。特に懸念されたサイトオーサリングツールのGoLiveについては、すでにプロフェッショナル市場において94%がDreamweaverユーザーであると語り、今後はこちらをCS製品群に組み入れる方向で開発を進めることを示唆した。現行でCSに含まれているGoLive CS 2は今後CS製品群から外れる。とはいえ単体の製品としてサポートと開発は継続する意向を示した。

 また、IllustratorやPhotoshopと機能的に類似点のあるFireworksは、ベクターグラフィックとビットマップを1つのツールで扱える上に、ユーザーインターフェースデザインやプロトタイピングを素早くこなせるという定評を挙げながら、今後CS製品群への統合を含めてさらに開発へ力を入れると語った。昨年発売となったStudio8からも除外されてしまったFreeHandについても、単独製品として開発を継続するという。

Apollo計画を紹介

 基調講演後は製品統合が作り上げる成果として、開発中の新製品「Apollo(アポロ)」を紹介、デモンストレーションを行った。ApolloはOSを問わず動作するランタイムのコードネームだ。FlashやPDF、HTMLらを1つに統合した技術で、ランタイムはブラウザー経由、あるいはデスクトップ上でPCにインストールして使う。現段階でApolloが開発できる唯一のツールはFlex Builderだけだが、これから既存の製品に対し開発機能を組み込んでいくという。

 FlashやFlexで実現するリッチインターネットアプリケーションも、ネット上の様々な技術を表現力の高いインターフェースとセットにして提供するという意味ではApolloに近い。ただ、Apolloは動作にブラウザーを必要としない点に特徴がある。デモではウィジェット風にデスクトップ上で起動した旅行関係のApollo製サービスを再現し、メンバーのスケジュール確認からチケットの手配、地図の入手までを1つのサービスから行い、かつ携帯電話からも旅程や目的地情報にアクセスする展開を紹介した。

 ブラウザーからリッチインターネットアプリケーションを解放することで、これまでFlashが進出してきた携帯電話やカーナビといった機器にもウェブサービスが広がるかもしれない。Apolloのアルファ版は今年中にAdobe Labsで公開、ファイナルバージョンは2007年上半期頃にリリースの予定だ。

動きをブランドにする

 続く「Video meets Flash」と題したセッションではデザインファームのSTANDARD SERIES代表、菱川勢一氏が登場し、手がけたプロジェクトとアドビ製品との関わりを語った。2006年7月13日、本田技研工業が発売した新型ストリームのプロモーション映像は、1つの撮影素材を販売促進用DVDとWeb版の両方に活用する前提で制作を進めたという。それにあたり、撮影アングルなど独自の配慮が必要になったことなどを紹介した。


画面がSTANDARD SERIES代表、菱川勢一氏

 また同製品のプロモーションに使用する流線型のグラフィックを効果的に使ったキービジュアルは、FlashのActionScriptで流線のシミュレーションエンジンを作り、そこから自動的に書き出したイメージが下敷きになっているという。プログラムが生成したイメージから発想を広げる手法も珍しいが、Web、映像、グラフィックすべてのデザインがシームレスに関係を持ちながら1つのキャンペーンを形作っている点もユニークだ。

 また東芝からの依頼を受け、モーションのブランド化を試みた話題にも触れた。製品そのもののデザイン同様、モーショングラフィックの要素にもブランドとして認知される統一感が欲しい。この課題には、今後液晶パネルなど画面を通じて動きのあるユーザーインターフェースを提供する製品が増えてくるという予測が根幹にあるという。東芝に所属する各種製品開発チーム全員が1つのモーショングラフィックを共有し、そこから立ち現れる間合いなどの特徴に親しみながらブランドの形成を目指す。菱川氏はシンプルだが独立した世界観、空気感を表現した動画を、東芝側のデザイナーと意見交換しながら仕上げた行程について説明した。

視聴者参加型スクリーンセーバーも


「Design meets Flash」のセッションで会場中が喜んだアバターによる意見収集コンテンツ。画面上の小さな人型が参加者

 続く「Design meets Flash」のセッションでは、Basement Factory Productions代表の北村健氏とデザイナーのマルコス・ウェスカンプ氏らが登場し、視聴者参加型スクリーンセーバーを壇上で作り上げた。まず会場入り口でイベント参加者の顔写真を撮影、アーティストのDRAGON氏がライブペインティングで仕上げた巨大グラフィック作品を壇上に持ち込みさらに撮影してPCに取り込んだ。平行してFlashで作成した様々な投票システムで参加者の意見を募りながら、スクリーンセーバーのデザインを決めた。ウェスカンプ氏制作の、携帯電話で参加者がアバターを移動させながら意見表明できるFlashメディアにはアクセスが殺到し、ワイドスクリーン上がアバターだらけになった。完成したスクリーンセーバーは8月中旬頃、アドビシステムズのウェブサイトよりダウンロード配布する予定だという。


ライブペインティング中のDRAGON氏。30度を超える炎天下で黙々と作業していた。宇宙服の部分に参加者の顔が入ってスクリーンセーバーになる

 夕方からは会場をダンスフロアに変更し、書道家、武田双雲氏とCell/66bによるアートパフォーマンス、TOWA TEI氏のDJ、PowerGraphixxxのVJによるスペシャルイベントが開催された。