「TRON」の提唱によってコンピュータ・アーキテクトとして名を馳せ,いまはユビキタスの“伝道師”として第一線を張る,坂村健・東京大学教授/YRPユビキタス・ネットワーキング研究所長。その坂村教授が,Google,ユビキタス,そして日本を語った。Googleの強みを分析しつつ,「日本が取り組むべきはインフラ・イノベーションだ」と喝破する。坂村教授の多岐にわたる日本への提言を,全3回の構成でお送りする。
(聞き手=ITpro発行人 浅見直樹,構成=ITpro 高下義弘,写真=栗原克己)

坂村健・東京大学教授/YRPユビキタス・
ネットワーキング研究所長

 成長著しい米Google社の存在が,注目を集めています。また,「Web2.0」というキーワードが話題になっています。Google,Web2.0がコンピュータのパラダイム・シフトを起こす,という見方もあるようです。

 日本人って,割り切りたいというか,決めつけたいというか,黒か白のどちらかに色分けしたい傾向があるんですね。とにかくこれからはGoogleだ,Web2.0だ,と一つのものに決めつける。ところが物事を決めつけると,ディテールが失われて事実の曲解につながってしまう。なんていうか,考えるのを楽(らく)しようとしている。そうやって日本はこれまで間違った戦略を展開してきた。

 例えば,日本ではアメリカのモデルは全部良い,と決めつける傾向がありますよね。その反動として,今後は全部アメリカを否定してしまって,日本のモデルは全部良い,となっちゃう。すごく極端ですよね。

 誤解を招くといけないので言っておくと,私はGoogleを否定しているわけでもないし,Web2.0を否定しているわけでもないです。Web2.0について言えばマーケティングの言葉ですから,どこが違うなんて言いようがないですからね。

 先般,経済産業省主導で,日本国産の検索エンジンを産官学共同で開発するプロジェクトが始まりました(関連記事1関連記事2)。欧州でも,Googleに対抗するために検索エンジンの開発プロジェクトが始まっています。

 そういう取り組みを否定はしないけど,日本には(NTTレゾナントの)「goo」がある。日本に検索エンジンが一切ない,というのであれば話は別ですが。gooは取り組みも早かったし,頑張っていると思いますよ。シェアはいま一つですが。

 Googleが躍進している一つの要因は,「AdSense」に代表されるようなビジネスモデルでのイノベーションを果たしたことでしょう。技術はもちろんだけど,それだけではない。

 Googleはイノベーティブな企業だとは思う。Googleを立ち上げた人々には敬意を表する。だからといって,Googleがすごい,ネットがすごい,とひたすら持ち上げてあたふたするいまの日本の風潮には,少し違和感がある。Googleの2番手を目指しても仕方がない。

 コンピュータの歴史を見れば,大型コンピュータが登場して,次にパソコンの時代がやってきて,インターネットが来て,と新しい概念が次々と生み出されてきた。日本はこれら新しいパラダイムの創造に関わることができなかった。日本に一番欠けているのは,そうしたイノベーションに取り組む姿勢です。

 日本はアメリカから学ぶことはもうない,と言う向きもあるようだけど,アメリカから学ぶべきことがまだまだたくさんあると思います。それは,人の真似はしないとか,誰も考えていない概念を生み出すといった,イノベーティブ――ユニークでないといけない,という執念のようなものです。

インフラ・イノベーションで負け続けている日本

イノベーションには3種類あると考えています。「プロダクト・イノベーション」,「プロセス・イノベーション」,それから「インフラ・イノベーション」です。

 最初の2つについては,日本にはたくさん成功例があります。プロダクト・イノベーションは液晶テレビ,プラズマテレビ,デジタルカメラなど,国内はあらゆる成功例であふれています。それを支えるプロセス・イノベーションもたくさんある。トヨタ(自動車)の「カンバン方式」はプロセス・イノベーションの代表ですよね。

 日本が最も苦手なのは,3つ目のインフラ・イノベーションです。特にインターネットの時代を迎えてからはもうお手上げ状態で,ほとんど成功していない。

 Googleの成功は,インフラ・イノベーションを果たした結果です。日本にはインフラ・イノベーションの成功例が皆無に近い。だからといってGoogleのマネをしても仕方がないわけで,日本はその次を行くインフラ・イノベーションに取り組むべきです。

 私はここ最近ユビキタス・コンピューティングに取り組んでいます(関連記事)。ユビキタスは次の時代を創るインフラ・イノベーションだと確信しているからです。