ビジネススキルとは、企業のビジネス活動に関する知識、あるいはその知識を活用する能力のことを指す。社会人の常識として必要なこともあるが、ITエンジニアの中でも特にシステムエンジニア(SE)は、少なくとも担当する顧客企業の業務知識や業界に関する知識について精通していなければならない。「業務改善を提案できないSEは使い物にならないと言われてしまう」(エムズネットの三好代表)。

 では、ビジネススキルが問われるようになるのはいつ頃からだろうか。三好代表は「提案活動や要件定義を担当するようになったときで、年齢でいえば30歳前後ではないだろうか。この年齢で業務知識や業界の課題に疎いようでは、顧客から信頼を得ることはできないだろう」と指摘する(図9)。最近、20歳代の若手社員にもビジネススキルは必要だと言われ始めた。ビジネススキル習得の“低年齢化”は進んでいる。

図9 身に付けておくべきビジネススキルと年齢の関係
身に付けておくべきビジネススキルと年齢の関係

新人研修で実施するIT企業も
入社5年内に「基礎」の習得を

 「ITエンジニアのための【業務知識】がわかる本」と「ITエンジニアのための【業界知識】がわかる本」というビジネススキルに関する2冊の書籍を執筆した三好代表は、最近の傾向として新人向け研修の一環として財務会計から人事給与、販売管理、生産管理などについて、ひととおりの業務知識を教えるIT企業が増えていると指摘する。こうした時代の流れを考えると、ビジネススキルに関しては入社後5年くらいの間、プロジェクトのメンバーのうちから基礎知識を身に付けておくべきだろう。

 あまり知られていないようだが、ビジネススキル習得の成果は意外にも大きい。というのも、ビジネススキルを一通り広く浅く学んでおけば、新聞の経済記事の内容を理解できるようになり、経済に敏感になるからだ。そうすると、次第に自ずから興味を持って読むようになり、どんどん知識が蓄積されていく。

 幸い、情報はあちこちにあふれている。これを利用しない手はない。30歳前後で経験を重ねて知識を深め、35歳前後では意識的に未経験業務を学習するように心掛けておこう。

 では、具体的にはどのような知識が必要になるのだろうか。それは図10のようになる。

図10 ビジネススキルの主な内容
ビジネススキルの主な内容

 まずは基本となる「業務知識」を学習しよう。業種や業界に依存しない共通業務には、財務会計、管理会計、人事管理、給与管理などがある。また、業種によって若干異なるが、販売管理、生産管理、物流在庫管理、店舗管理などの業務知識もある。業種・業界に依存しない基本となる知識があれば、金融や医療、公共、学校など業界特有の知識も習得しやすくなる。

 続いて、システム開発を担当する顧客企業を取り巻く環境を理解しなければならない。そのためには、業界知識をはじめ、業界動向や業界の課題、業界団体などの業界知識が不可欠になる。仮に顧客企業が銀行であるならば、銀行を取り巻く環境や、銀行が抱える課題などについて知っておくべきだ。金融機関の場合、政策にも注意を払っておく必要がある。

 ビジネススキルの特徴は、ヒューマンスキルやプロセスマネジメントスキルほど普遍的ではなく日々変化していることだ。ただし、変化はテクニカルスキルほど速くなく、いちど習得したスキルが短命で終わることはない。じっくりと時間をかけて長期間にわたって習得していく姿勢が大切だ。

 基礎知識を習得したうえで、日頃から経済記事に広く目を通しながら、知識を習得するとともに、業界を取り巻く環境は日々変化しているので、担当する業界の専門書や業界紙、業界雑誌なども読むべきだ。

 また、ビジネススキルの習得では顧客から教えてもらうことも多い。現場の実務経験者しか知らないようなことは意外にある。せっかく教えてもらうのなら、書物には書かれていないことを教えてもらったほうがよい。それには、最低限のビジネススキルを習得しておかないと、消化不良になってしまう。

図11 知っておいて損がない法律
知っておいて損がない法律

 ビジネススキルを学習するときに、注意しなければならないことがある。「担当した企業の業務フローを知って、それで満足しないことだ」と三好氏は指摘する。その業務を実施する根拠となる法律や商習慣、制度などに関しても知識を習得しておかなければならない(図11)。その企業のプロセスが業界の標準であるかどうか見極めるようにしておこう。

「提案力」を大きく左右する
法律や商習慣、制度の理解

 例えば、販売管理業務を経験したら、「なぜ、そうした流れで業務を行わなければならないのか。会社法ではどのように規定されているのか。税法はどうだろうか。業界の商習慣に基づいているのだろうか」と、突き詰めて整理しておく必要がある。そうしないと、どれが正しくて、どこに問題があるのかわからない。結果として、顧客にいわれたことしか実現できなくなる。

 今国会で成立した金融商品取引法で、その傾向は一段と強まる。いわゆる「日本版SOX法」とも呼ばれ、上場企業は2008年4月1日以降に始まる事業年度から適用を受ける。内容については未確定の部分があるが、ITを含めた内部統制を強化し、不正が入る余地がないような仕組みを構築しておかなければならない。

 この法律が施行されると、今まで以上にビジネススキルは要求されるだろう。顧客から「データを直接変更できるようにしておいて」とリクエストを受けても、内部統制上、問題があれば、おいそれと引き受けてはいけなくなる。ますます原理原則に基づいたビジネススキルが重視されるようになるはずだ。今からでも遅くない。業務に関連する法律や業界慣習をしっかりと学習しておこう。