いままで,時間軸と在庫軸を別々に説明してきました。今回は,2つの軸を組み合わせると,上空1万メートルに何が浮かび上がるか,という話です。機械部品メーカーとして地場有数のM社が導入している『原価計算工房』のデータを拝借することにしましょう。お忘れの方もいらっしゃるかもしれませんが,『原価計算工房』は筆者が開発した原価管理システムです。

 製造業というと季節変動がないように思われているところがありますが,M社ではそのようなことがないですね。

「そうですねぇ,数量ベースでいえば,下期(7月から12月)は,上期(1月から6月まで)の約1.5倍に膨れ上がります。お隣のB社なんて,操業度は毎月ほぼ一定だそうですから,羨ましい限りですよ」
隣の芝生は青く見えますからね。

 『ニッパチ』という業界用語があるように,卸売業や小売業では2月と8月は端境期といわれ,両月を底として売上高は四季に大きく左右されます。こうした季節変動は,製造業でも避けることができません。現状をどう改善するかを考えることにしましょう。

 まず,M社の『原価計算工房』から,横軸に月別,縦軸に数量を当てはめた画面(図1)を開きます。M社の社長が嘆くとおり,図1では上期と下期にかなりの季節変動が認められ,「S」の字を横に寝かせたように見えます。マクロ経済学(景気循環論)でいう「キチンの波」は40ヵ月サイクルとされていますが,現実はもっと短い12ヵ月サイクルで回っているようです。

図1●M社における月単位の生産数量と販売数量の推移

 しかも,横S字カーブをよく見ると,上期と下期に異なる特徴が見受けられます。
(1) 上期(オレンジの楕円形)では,生産数量曲線(青色の線)が,販売数量曲線(黒色の線)を上回っている。
(2) 下期(グレーの楕円形)では,販売数量曲線が生産数量曲線を上回っている。
 図1の上空に,中層雲(オレンジ色の楕円形)と高層雲(グレー色の楕円形)が現われた,といった感じです。これらの雲の違いは,何を意味するか。

「ああ,これは完成品の在庫を表わしていますね」
その通りです。

 図1を見れば分かる通り,上期では,生産数量曲線が販売数量曲線を上回ることにより,完成品在庫が積み上がります。下期はその反対で,在庫の取崩しが行なわれます。これにより,生産数量曲線は,販売数量曲線よりもなだらかな形状を描きます。

 前回のコラムで「企業はなぜ,在庫を持つのか」という話をしました。「在庫は悪だ」といって在庫削減活動に取り組めるのは,大企業だからできること。中小メーカーにとって在庫は,季節変動を緩衝させるための調整弁としての役割を果たします。上期に機会損失(在庫増)の季節を耐え忍ぶことによって,下期において「サクラ咲く」の吉報を待つ,と表現することもできます。

 これに付随して図1からは,M社の運転資金需要を知ることができます。2月から5月までは在庫運転資金,7月から10月までは営業運転資金の発生を予測することができます。また,多くの企業では年末にかけて,賞与などの決算資金が発生します。M社も例外ではなく,11月末までに累積した売掛金が資金繰りを圧迫して(注1),超短期の決算資金需要を発生させます。

 こうした所要運転資金は本来,会計システムの資金繰り表で求めるものです。しかし,「巧遅は拙速に如かず」という格言があるように,会計システムで月次決算を待っていたのでは遅すぎる。『原価計算工房』では中層雲と高層雲の面積を定積分で解析し,所要運転資金の額を計算することにしています。

「むかし,銀行に対して所要運転資金を申し込むときは,手形の割り引きが多かったのですが,最近は受取手形が少なくなり,売掛金のファクタリング(注2)を要請されることが多くなりましたねぇ」
中小のメーカーでは,よく聞く話です。元請けである大企業と,その取引銀行の主導の下に推進されているようですね。

 資金繰りの話題はさておき,次に問題となるのが,図1の生産数量を基準にして,M社ではどのような「生産体制」を整えているかです。これについては図2に示すとおり,2通りの方法が考えられます。

図2●生産体制の整備には,生産数量のピークに合わせる方法とボトムに合わせる方法がある

 ここでは,人員計画をとりあげます。
 生産数量がピークを迎える10月を基準(図2のAで示した水平線)にして人員計画を立てると,上期は余剰人員を抱え,機械設備も遊んだ状態になります。それが「赤色の雲」となって描かれています。その反対に,生産数量がボトムとなる2月または5月を基準(図2のBで示した水平線)に人員計画を立てると,下期は人手不足を招きます。それが「緑色の雲」となって漂っています。

「当社では,『B』を選択していますね。しかも,かつては正社員だけでやりくりしようと考え,週末の休みを上期に集中させ,下期には休日返上で残業をさせようとしたこともありました。でも,このようなやり方は,すぐに破綻してしまいました」
M社の社長は作業帽をとり,バツが悪そうな顔で頭をかきました。監督署に怒られたんですね。

「その次に採用したのは,外注の利用でした。でも,いまはほとんど頼っていません。いえ,いまでも外注を使えば仕事はいくらでも取れますよ。でも,メーカーにとって外注は,自社の足腰を弱めることに気が付きました。事業付加価値でしたっけ? タカダ先生が以前,教えてくれたのは。いまは極力,自社生産に努めるようにしています。近年は,当社の事業付加価値がメキメキと高まる結果になって満足していますよ」

 事業付加価値についてはいずれ,別の機会で説明することにします。おっと,終業のチャイムが聞こえてきました。さらなる話は次回にて。

(注1)売り上げが伸びても,売掛金として滞留したまま現金として回収されなければ,黒字倒産を招くおそれがあります
(注2)売掛金という債権をファクタリング会社(その多くは銀行子会社)へ売却することにより,資金を早期に回収する手段をいいます


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/