三井 英樹

 Webアプリケーションを開発する際に,対象ユーザーを考慮することの大切さについて見てきました。今回は,ユーザー・インタフェース(UI)設計にも,マーケティング感覚が必要なことを考えてみましょう。

UIの問題点を改善していく手順

 例によって航空券の予約をサンプルに使います。下記の画面をご覧ください。このWebアプリケーションには,様々なオプションを付け加えることができます。しかし,必要最小限の情報は,「搭乗日」と「出発地」と「到着地」の三項目だけです。このUIに,どこか問題はないでしょうか。


三つの項目を入力するだけの予約画面
(1) 日付部分への改良

 まず注目してほしいのは,搭乗日という日付情報をユーザーにすべて入力させている点です。日付情報をユーザーにまかせ切ってしまうと,表記が統一されず,結局のところシステムでそれを補う処理が発生してしまいます(たとえ「2006/08/02」などと「例」を明記しても,半角文字と倍角文字との混在や,タイプミスによる誤入力などが発生します)。そこで,下記のように月と日をプルダウンメニューにすると「表記の揺れ」問題はなくなり,システム的にも余計な補完処理をしなくて済みます。


日付を分割したUI
(2) いつも見慣れているものを活用する

 次にUIを改良しようとした場合,簡単なのは,日付部分の指定方法をより直感的なカレンダー的なものにすることだと思います。ボタンを用意するか,最初からカレンダーが見える状態のUIを設計し,ユーザーが「旅行」を考える際には手元に置いているだろうモノ(カレンダー)を想定して,入力を直感的に行えるようにするわけです。


カレンダーから搭乗日を入力をできるようにしたUI

 ここで注意すべきは,このカレンダー機能をすべてのユーザーが使うとは限らない,という点です。PCリテラシの高いユーザーならば(カレンダーがいかに直感的であろうと,それを使わず),TABと矢印キーのみで操作してしまうでしょう。逆にカレンダーがあることで,日付指定が楽になったと評価するユーザーもいるでしょう。つまり,カレンダー機能の追加は,ユーザーの選択肢を増やした,と言えるわけです。

(3) 地図から出発地/到着地を指定する方法

 その次に考えやすいのは何でしょうか。出発地と到着地の選択方法です。すべての空港が互いに行き来するようにはなっていないので,航路があるものだけを選べるようにしておかないと,ユーザーが「選択したフライトはありません」というエラー表示を見ることになってしまいます。そこで,地図ボタンなどから地図を出し,あらかじめ実在する航路を表示するようなUIが考えられます。


出発地/到着地を地図から選択できるようにしたUI

 しかし,これもすべてのユーザーが賛同してくれるとは限りません。一般的に,グラフィックスを機能的に用いる際には,何らかのブラウザ標準機能以外のもの(Flashなど)を用います。データ量やCPU負荷を増加させる傾向があるので嫌がる方や,プラグイン自体に嫌悪感を抱く方も未だに少なくないので,うっとうしく感じるユーザーが出てくる可能性があります。

 今回注目してほしいのは,こうした「どのように”Rich化”するか」という観点ではなく,こうした変化に応じて,それを毛嫌いする人も存在するという事実です。”Rich化”は,アイデア勝負の要素も強いので,作り手がどんどん自分の世界に入って行きやすい領域です。しかし,それが狙っている効果とは反対側に作用する場合もあるということを忘れてはいけません。

パソコンがライフスタイルの一部になりつつある

 こうした受け止められ方の差異はどこからくるのでしょう。統計的な裏付けがあるわけではありませんが,パソコンがライフスタイルの一部になってきたことと関係があるように私は思います。デスクトップ・パソコンしかなかった時代には,多くの人たちが同じような「操作」をしていました。しかし,今やパソコンは「姿」からして様々なものがあります。デスクトップという定型しかなかった時代に比べると,情報入力という作業に対しても,自分なりの「スタイル」で行いたいというニーズが高まっていると言えるでしょう。


パソコンのカタチが増えるにしたがい,入力のスタイルも増えている

 それは,パソコンよりも早く普及・発展してきた車を見ていても推測できます。急ぐとき,ゆっくり行きたいとき,誰かと行きたいとき,地図を頼りにしたり誰かに聞きながら行きたいとき――様々なシチュエーションによって,選びたい車は変わります。いいえ,変わる人もいます。そして,そうしたことにこだわる人は,他よりも少し多くのお金を出して,少し異なる車を購入したりすることがままあります。


「車」ならどれでも良いと思いますか?

 かなり古い言い回しですが,「情報ハイウェー」を走ることも同じになってきているのだと思います。急いで情報操作したいとき,気分を味わいながら操作したいとき,誰かと相談しながら操作したいとき――様々なシチュエーションとデバイスが存在します。情報の出入り口であるWebアプリケーションも,そろそろそうした選択肢の幅を求められつつあるのではないでしょうか。

UIの設計にもマーケティング的感覚が必要

 こうした流れは,マーケティングの世界では少し前から語られています。単一の商品が爆発的に売れることが“稀(まれ)”になってきたという現象です。同様にWebアプリケーションも,単一のUIで万人に評価されることは稀になってきているのだと思います。


単一商品が大部分に受け入れられた時代

 そうした場合,商品開発の世界では,多数のカラーバリエーションを作ったり,カスタマイズを可能にする部品を提供したりする場合があります。それぞれの製品としての販売数はそれほど大きくなくとも,合わせて大きければ良いと考えているとも言えます。


セグメント化された市場

 ただし,アプリケーションは工場で大量生産されるものとは,性質が異なります。個別対応的なものはできるだけ避けたいものです。ですので,最大公約数的な部分で受け入れられる領域に入るように,UIのデザインを行う必要があります(そうでないと,投資対効果という観点で厳しくなってしまうからです)。


Webアプリケーションでは最大公約数を狙う

 そうしたデザインを進めるうえで問題になるのが結局,気に入ってもらえる人と,嫌う人とを生み出すことになるという点です。単純な絵柄の好き嫌いから,技術的な趣味,CPU負荷などのユーザー・リソースの問題…など様々な視点が存在します。そして,嫌う側に回ってしまったユーザーは,かなり強烈に拒否反応を示す傾向があるようです。一部のエンジニア側の「Flash嫌い」の傾向は,まさにそうした激しさを感じさせます。

 そして,こうした支持層の増減は,残念ながら,どんなデザインを採用しても,ある程度起こってしまうものです。ですので,その増減のバランスを考えて,設計やレビューを進める必要があります。そして,そうした時に一番基準となるのは,何かを切り捨ててでも得ようとする「ビジネスゴール」なのだと思います。無難で,八方美人的なWebアプリケーションでは,インパクトも少なく,多くの熱烈なファンも得られません。「敵」を作ってでも,利益を得るんだというような,考え方も必要です。


新しいユーザーと離れていくユーザーのバランスを考えるべき

 こうした,「何が,どこまでユーザーに受け入れられるのか」という視点こそが,Webデザイナーがグラフィックデザインを超えた職域を持つ理由なのでしょう。ユーザー・インタフェース作りには,見栄えのデザイン力がありさえすれば良いという時代は終わりました。何を活かして,何を切り捨てるのか,そうした戦略的,マーケティング的な発想も必要となってきています。

参考) RIAシステム 構築ガイド ( RIAコンソーシアム )


三井 英樹(みつい ひでき)
1963年大阪生まれ。日本DEC,日本総合研究所,野村総合研究所,などを経て,現在ビジネス・アーキテクツ所属。Webサイト構築の現場に必要な技術的人的問題点の解決と,エンジニアとデザイナの共存補完関係がテーマ。開発者の品格がサイトに現れると信じ精進中。 WebサイトをXMLで視覚化する「Ridual」や,RIAコンソーシアム日刊デジタルクリエイターズ等で活動中。Webサイトとして,深く大きくかかわったのは,Visaモール(Phase1)とJAL(Flash版:簡単窓口モード/クイックモード)など。