アプリケーション商材を中心に、パートナー企業の営業やSEにターゲットを絞った“ニッチ認定制度”が増えている。商談やプロジェクトの現場で役立つ実践的なスキルの伝授が目的だ。



 2006年5月30日、データベースソフトCACHE´(キャシエ)を開発・販売するインターシステムズジャパンは、SE向けの認定制度「CACHE´プロフェッショナル」を開始した。同社の中核製品CACHE´は、独自のアーキテクチャによる高速処理が特徴。電子カルテやX線写真などの大容量データを抱える大手医療機関に多くの導入実績を持つ典型的なニッチ商品である。

 データベース製品の認定制度と言えば、ORACLE MASTERがある。多くのソリューションプロバイダがSEの研修に活用するメジャー資格で、転職の際にも汎用的なスキルとして通用する。しかし、CACHE´プロフェッショナルの認定制度が目指すのは、IT業界で多量のSE人口を獲得することではない。

 同社が今、認定制度を開始する狙いは「増えつつある医療市場の案件にきちんと対応できる人材を、パートナー社内で育成し、確保すること」。医療分野以外ではそれほど知名度が高くないことや、現在のIT業界で人材を採用する困難を考えれば、営業やSEの頭数をすぐに増やすことは難しい。そこで、パートナーの人材育成を支援する策として認定制度を置き、各社の案件対応力を増強するアプローチに出たわけだ。

 実は、SE人口が数百人というニッチな製品であっても、パートナーが要員のスキルを第三者に説明できるようになる認定資格には意味がある。「未知の製品を採用することにユーザーが不安を抱いても、担当者が認定資格を持っていることを示せば、パートナー社内の体制やベンダーとの連携といった点で安心感を持ってもらえる」(インターシステムズジャパンのパートナー)こともあるからだ。

ビジネスに直結する認定を

 従来のメジャー認定資格の多くは、製品が広く普及しておりスキルの汎用性が高いという理由で、多くのソリューションプロバイダが研修や教育に活用してきた。学生に取得させる教育機関もあるほどだ。だがその一方で、営業現場からはもっと実践的なスキルを求める声も出ている。

 今回この記事のために、20社のソリューションプロバイダから「認定資格のビジネス面での効用」についてのコメントを集めた。ある中堅システムインテグレータのSI事業部門長からは、「汎用的な資格よりも、ビジネスに直結する実際の能力を重視する」との回答があった。また別の中堅システムインテグレータの研修担当者は、「資格取得者は確かにそれなりの知識を持っている。だが、それが現場での問題解決につながるかと言えば、そうでない場合が多い」と指摘する。

 そうした不満をすくい上げるかのように、こうした“ニッチ認定資格”は徐々に増えつつある()。これらの資格は、マイクロソフトや日本オラクルが提供するようなメジャーな認定資格と違い、そのベンダーの製品を販売するパートナー企業でなければ、従業員に取得させるメリットはまずない。取得者個人としても、転職する際などにスキルを広くアピールする材料にはなりにくい。

 だがその代わり、「カスタマイズ作業の難易度を見積もる方法」など、実際の案件対応で必要になるスキルに焦点を当てて開発されていることが多く、受験者向けの研修などでも実践的なスキルを学べるメリットがある。

表●パートナー支援を狙ったベンダー資格の例
ベンダー名 制度名 認定資格の内容
インターシステムズ 技術者認定制度「CACHE´プロフェッショナル」 システム管理者向けのCACHE´Professional Administrator、データベース開発者向けのCACH´E Professional Developer、Web アプリケーション開発者向けのCACH´EProfessional Web Developerがある
エス・エス・ジェイ SuperStream
技術者認定制度
モジュールごとに、基本的な知識を認定するSuperStream Specialist、要件に合わせ導入するスキルを認定するSuperStream Professionalの2 段階を設定
NTTデータ
イントラマート
intra-mart
技術者認定制度
intra-martによるシステム開発のスキルを認定する。「intramart認定スペシャリスト」「intra-mart認定プロフェッショナル」の2 種類がある
サイボウズ サイボウズ
認定資格制度
SE向け資格「認定システムコーディネータ」と営業職向け資格「認定セールスアドバイザー」の2種類がある
東洋ビジネス
エンジニアリング
MCFrame Certified Professional(MCCP)資格制度 要件定義から基本設計までのスキルを認定する「MCFrame認定コンサルタント」、MCFrame のカスタマイズおよびシステム設計・開発・保守のスキルを認定する「MCFrame 認定エンジニア」の2 種類がある
日立製作所 JP1認定資格制度 営業向けの「JP1認定セールスコーディネーター」のほか、運用スキルを認定する「JP1 認定エンジニア」、モジュール別にスキルを認定する「JP1認定プロフェッショナル」および「JP1認定コンサルタント」、JP1全体のコンサルティング力を認定する「JP1認定シニアコンサルタント」の計5種類がある
Cosminexus
認定資格制度
営業向けの「Cosminexus 認定セールスコーディネーター」のほか、技術職向けの「同プラットフォームエンジニア」「同アプリケーションエンジニア」「同プラットフォームプロフェッショナル」「同アプリケーションプロフェッショナル」「同コンサルタント」がある

あくまでパートナー支援の一環

 東洋ビジネスエンジニアリングが、自社開発の基幹業務ソフト「MCFrame」のパートナー向けに開始した認定制度「MCFrame認定プロフェッショナル資格(MCCP)」も、ニッチ認定資格の1つだ。同社は2004年10月の開始から2年弱をかけて約150人まで取得者を増やしてきた。

 カスタマイズ性の高さを特徴とするMCFrameの商談では、カスタマイズ提案がどこまでできるかというスキルが重要になる。このスキルを認定する資格として「MCFrame認定コンサルタント」を作った。MCFrameの商談では、顧客のニーズにマッチする機能をMCFrameが備えているかどうか、という単純な分析ができるだけでは役に立たない。そこで同社の教育コースでは「MCFrameのデータ構造などを知り、ユーザー企業のニーズからカスタマイズの難易度を想定できるようになってもらうこと」を目指している。

 インターシステムズのケースでは、CACHE´を販売するパートナーのほとんどが医療分野向けのアプリケーション商材を持つ業種特化型。これらのパートナーのSEが、データベースソフトCACHE´の高速性を十分に生かしたシステム提案を作成したり、システムを開発したりできるよう、認定制度でスキル向上を支援することで、商談の獲得や顧客満足度の向上といった成果につなげる。

人材育成ニーズが高いアプリ商材

 2006年1月30日号に日経ソリューションビジネスが特集した「パートナー満足度調査」の結果によると、ERP(統合基幹業務システム)などの基幹業務ソフトやグループウエアでは、「人材育成支援」を重視すると回答したパートナーの比率が高かった。

 実際、ある大手システムインテグレータの役員からは「グループウエアや業務アプリケーション商材ではとりわけ、製品に関する深い知識が必要になる。担当者の提案スキル向上を手厚く支援してくれるベンダーの製品を選ぶようにしている」という意見が寄せられた。裏を返せば、これらの分野では人材育成支援に強い不満があるということだ。

 しかし、ベンダーの台所事情として、広く普及している認定資格制度の場合、資格制度を担当する部門は、事業として独立採算性を求められる。こうなると、資格制度そのもの維持や取得者の拡大が目的になり、パートナービジネスの拡大や推進といった目的の優先度は低くなる。「商談獲得など営業上の効果が分からない」(大手システムインテグレータ)といった声が多くなるのは当然だ。

 アプリケーション分野を中心に増え始めたニッチ認定制度には、こうした人材育成面での悩みを解消する役目もある。パートナーが取引先ベンダーに期待する人材育成支援とは、単に製品知識が豊富といったことではなく、商談やプロジェクトの現場で役立つスキルを持つ人材の育成支援にほかならないからだ。

 ベンダー側にもメリットがある。パートナー社内で実践的なスキルを持つ人材が育つことにより、パートナーの自社製品に対するロイヤルティを高められる。具体的には、パートナー社内で要員を増やしてもらったり、せっかくアサインしてもらった要員をほかのベンダーに引き抜かれないようにしたり、という効果が期待できる。

営業職のスキル認定も増加

 パートナー向け認定資格の典型例といえる営業職向けの資格も増えている。従来、認定資格といえばもっぱらSEを対象としていたが、ITコーディネータが営業職向けの認定制度として評価され始めたここ数年は、営業職向けの認定資格も増えてきた。

 例えばサイボウズが2005年秋に開始したパートナー専用の認定制度「サイボウズ認定資格制度」では、技術者向けの「認定システムコーディネータ」と、営業職向けの「認定セールスアドバイザー」の2種類の資格を用意した。日立製作所は、ミドルウエア商材を中心に「認定セールスコーディネーター」という営業職向け資格を設けている。

 東洋ビジネスエンジニアリングの場合、まだ資格制度にはなっていないが、営業職向けの教育に注力している。顧客とのコンタクトの取り方や説得力のあるデモの見せ方、提案書の作り方などを伝授するもので、業務のかたわら3週間程度、同社に通ってもらう形だが、パートナーには好評だ。「パートナーの営業担当者に、見込み客への初回コンタクトから任せられるようにする」(同社)ことを目標に開発した。現場で使えるスキルを伝授するため、講師はすべて現役の営業担当者やコンサルタントだという。    



本記事は日経ソリューションビジネス2006年7月30日号に掲載した記事の一部です。図や表も一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。
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