■無線LANにQoSを追加する11e

 無線LANにQoS(Quality of Service)機能を追加する規格が「IEEE 802.11e」である。IEEE 802.11標準のMAC副層の改善仕様で,VoIP(Voice over IP)などの通信品質を改善することを目的としている。2000年3月から議論されていたが,現在も審議中で,策定は2005年半ばになる見込みである。当初はもう少し早く策定される予定だったが,長い時間を要することが予想されたため,2段階に分けることとなった。

 最初に予定されている仕様が「WME(Wireless Multimedia Extensions)」で,IEEE 802.11のCSMA/CA方式を拡張したアクセス制御方式である「EDCA(Enhanced Distributed Channel Access)」を採用している。EDCAは帯域や遅延時間を保証するものではなく,単純に優先度の高いキューに蓄積されたデータを優先的に送信する仕組みになっている。

 次に予定されている仕様が「WSM(Wireless Scheduled Multimedia)」で,「HCCA(Hybrid Coordination Function Controlled Channel Access)」と呼ぶポーリング型のアクセス制御方式を採用している。HCCAでは,アクセス・ポイント(AP)が各無線LAN端末のデータ送信などを集中的に制御することにより,同一チャネルを共有する無線LAN端末間でQoSを実現する。EDCAとHCCAの詳細については,後述する。

■100Mbps超の高速化を実現する11n

 IEEE 802.11b/gとの互換性を維持しながら100Mbps以上の高速化を実現する規格が「IEEE 802.11n」だ。「WWiSE(World Wide Spectrum Efficiency)」と「TGn Sync」の2つの団体が仕様を提案しており,ともに「MIMO(Multiple Input Multiple Output)」と呼ぶ技術を中核に据えている。MIMOは無線で全二重のような通信を実現する技術で,データを送受信するアンテナを多重化することで,データを並列的に送受信して通信を高速化する。

 MIMOで利用するアンテナは,「2x2(4本)」と「4x4(8本)」の2種類がある。「2x2」では送受信にそれぞれ2本のアンテナを用意し,20MHzの帯域を使って通信する。IEEE 802.11b/gでは1チャネル当たり20MHzが割り当てられているので,利用する周波数の面ではそのまま置き換えることができる。一方,「4x4」では送受信にそれぞれ4本のアンテナを用意し,40MHzの帯域を使って通信する。単純に考えると,帯域が倍になるのでその分だけパフォーマンスも向上することが期待できるが,すべての国で40MHzの帯域が割り当てられるとは限らない。国際標準ではなく,拡張仕様となる予定だ。

 このようにIEEE 802.11nは2つの仕様があるが,中核に据えている技術が同じであることに加え,既に製品開発が進んでいることから,2007年には策定される見込みである。

■別サブネットでもローミングできる11f

 サブネットが異なるAP間で,IPアドレスを変更することなくローミングを実現するための規格が「IEEE 802.11f」である。IEEE 802.11fでは,無線LAN端末のローミングをAP間で共有するためのプロトコル「IAPP(Inter Access Point Protocol)」を規定している。独自の機能でサブネットをまたがったローミングを実現している製品も存在するが,IAPPを搭載したAPを利用すればマルチベンダー環境でも同じことが実現可能になる。ただ,サブネットをまたがったローミングのニーズが少ないせいか,IAPPを搭載している製品は少ないようだ。

■ファースト・ローミングを実現する11r

 無線IP電話機によるVoIPやリアルタイム型アプリケーションなどの用途向けにファースト・ローミングを実現する規格が「IEEE 802.11r」である。IEEE 802.11rが策定されればVoIPなどの導入が容易になり,ローミングの際に無線が切断されるなどの問題を回避できるようになる。

■メッシュ型通信を実現する11s

 複数の無線LAN端末が直接通信することにより,アドホック*10なメッシュ型ネットワークを構築するための規格が「IEEE 802.11s」である。直接通信が不可能な距離にある無線LAN端末同士でも,他の無線LAN端末を介して通信することが可能になり,無線LANの通信範囲が拡大することが期待されている。

11eでQoSを実現する仕組み

 ここまで,無線LANの主な規格を概観してきた。IEEE 802.11r/sは議論が始まったばかりだが,中にはベンダー独自の仕組みで既に実現している製品もある。最後に,現在注目を集めているIEEE 802.11eの「EDCA」と「HCCA」の仕組みについて,もう少し解説しておこう。


図4●EDCA方式による優先制御
キューごとにフレーム送信間隔とバックオフの時間を調整することで,優先度の高いキューがより早くデータを送信できるようにしている

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図5●HCCA方式によるアクセス制御
アクセス・ポイント(HC)は,無線LAN端末(QSTA)に対して,送信権と送信期間を割り当てる制御パケット(CF-Poll)を送信する。それを受け取った無線LAN端末は,割り当てられた送信期間(TXOP1)が終了するまでにデータを送信する。再度,CF-Pollを受信した場合は送信期間が延長(TXOP2)され,引き続きデータを送信できる

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 EDCAでは,APごとに異なる優先度(Access Category)を設定した送信キューを4つ用意する(図4[拡大表示])。キューごとにフレーム送信間隔(AIFS)とバックオフの時間を調整することで,優先度の高いキューがより早くデータを送信できるようになっている。このように優先度に基づいたQoSであるため,多数の無線LAN端末が存在する環境では効果が薄れることが指摘されている。優先度の高いキューに対するデータ送信が集中すると,QoSを適用していない状況と変わりがなくなってしまう。

 また現状では,各ベンダーが実装しているQoS機能は,APの送信キューに独自の仕組みで優先度を割り当てるものがほとんどである。必ずしもEDCA方式を採用しているとは限らない。

 一方,HCCAでは,APがCF-Poll(Contention Free-Poll)と呼ぶ制御パケットを使い,無線LAN端末に対してデータの送信権と送信期間を割り当てる(図5[拡大表示])。送信期間を割り当てられた無線LAN端末はその時間内にデータを送信する*11。また無線LAN端末が新たなCF-Pollを受信した場合は送信期間が延長され,引き続きデータを送信できる仕組みになっている。

 次回は,無線LANの導入で重要となる,電波の特性や干渉など電波管理について説明する。

(小宮 博美 アルバワイヤレスネットワークス システムエンジニアリング部 部長)