みなさん,連載2回目の「Winnyとインターネット」では,たくさんのご意見をいただきありがとうございました。FeedBackに書き込んでいただいたコメントの中には,改めて考えさせられる意見もありました。そこで,まずは寄せられたコメントのいくつかに対する私の考えを述べたいと思います。

 「Winnyとインターネット」では,WinnyのようなP2Pアプリケーションがもたらすトラフィック増大の問題について触れましたが,「BitTorrentのようなクリーンなものも含めたほうがよい」という意見がありました。さらに,厳しいご意見としては「4%の人が大量に使うことで問題が出るのなら,それはそもそもほとんど使われないことを前提としていることを白状したに等しい」(私の解釈で書かせていただきました)というようなご意見もありました。

 私が言うのもなんですが,白状すれば正にご指摘の通りです。現在のインターネットの設計上,すべてのエンドユーザーの方が接続し,接続帯域をすべて使い切った状態を想定していません。ネットワーク設計という観点で考えれば,一つの回線を複数の利用者で共有し,効率よく利用するという観点は正論と言えると思います。問題は,「共有したときに一人当たりどれくらいの必要帯域を想定して設計するか」ということです。その背景には,エンドユーザーがインターネットをどのように利用するかという想定があり,それが現在のインターネットの利用状況にどれだけ合致しているかが重要になります。

 現在のインターネットの多くはメールやWebを中心とする利用シーンを想定した設計をしています。ですから,時代の変化ともにP2Pなどを利用するユーザーが増えてきていることが,さまざまな問題を引き起こしていると言えるのかもしれません。

設計と利用ニーズのズレから生じる「ただ乗り論」

 とはいえ頂いているご意見のように,Bit TorrentやSkype,GyaOのようなに広帯域を利用するサービスは日々増え,トラフィックの増加は止まりません。このような,設計(ネットワーク設計という意味だけではなく,サービス設計という意味合いを含みます)の現実とエンドユーザーの利用ニーズのズレから,いくつかの問題が生まれ,その最たるものが「インターネットただ乗り論」の様な議論なのではないかと思うのです。

 そういうわけで,今回は「インターネットただ乗り論」というものについて少し考えてみます。

 さて,インターネットただ乗り論とはなんでしょうか?ITProの「今日の腕試し!」にクイズがあったので私もやってみました。それによると「通信量に応じた料金をユーザーが払っていないというもの」だそうです。(正解でした。一安心!)

 でも,これだけではよくわかりませんね。もう少し,いくつかの記事を読んで総論すると,

  1. エンドユーザーは接続料としてインターネット利用料を払っている。
  2. コンテンツプロバイダは,自分の接続するプロバイダの利用料を支払っている。
  3. その間を結ぶ中間ネットワーク,いわゆるトランジット・ネットワークはエンドユーザーとコンテンツ・プロバイダのトラフィックをタダで運んでいる。
  4. だから,中間ネットワークにもっとお金を払うべきだ。

ということだということがわかりました。

 でも,何か変な感じがしませんか?エンドユーザーもコンテンツ・プロバイダも,きちんと料金を払っています。コンテンツ・プロバイダを接続しているプロバイダも,その上流にあるプロバイダには料金を払っているわけです。ネットワーク接続料金,いわゆる利用料金は,売るほうと買うほうがいて成立しているので,必ず誰かが誰かのユーザーとしてネットワークの料金を払っているのです。このような構図の中で「ネットワークの利用状況に応じて料金を支払うべき」ということは,誰かがサービス状況に合わない料金で接続を提供しているといえます。

「タダ」で利用できる対等ピア

 では,なぜ「ただ乗り」ということが起こるのでしょうか?

 原因は多くあるのだと思いますが,私は一つの可能性に気づきました。インターネットにおけるネットワーク同士の相互接続という部分に着目した場合,グレーゾーンとなる部分があります。それが「対等ピア」という存在です。対等ピアとは,多くの場合,インターネット・エクスチェンジなどで行われる接続方法です。一般的には,二つのネットワーク間で,送受信トラフィックがほぼ同一,もしくはそれに相当するという場合には,その2社間を直接接続し,その間で料金は支払わないというものです(実際にはもっといろいろな事情がありますが,今回は割愛します)。


図1 対等ピアの部分がタダで利用できる ここを流れるトラフィックのバランスが崩れると「ただ乗り」という感覚が生じる

 このような接続をすることで,プロバイダは大量のトラフィックをそのトラフィックの送信元や受信先のネットワークと直接接続して,比較的高価な上流プロバイダへの接続料金を抑えています。コンテンツは,いまやどのプロバイダにも相当量ありますから,そのコンテンツを取得するために多くのユーザーがプロバイダ間をまたいでアクセスしています。このとき「対等ピア」という部分を多くのトラフィックが流れます。

 この部分はいわゆる「タダ」であり,この「タダ」の部分でトラフィック・バランスが崩れれば,一方のプロバイダは「タダでネットワークが利用されている」という「感覚」に苛まれます。

 「タダ」という感覚は,受益者負担というものをどのように考えるかということにもつながります。たとえば,トラフィック受信者が受益者と考えることもできます。しかし,情報発信をしたい人にとっては,情報発信そのものが利益ですから,受益者はトラフィック発信者になります。つまり,インターネットの数多くの利用状況を考えると,受益者というものを定義するのが非常に困難なのです。多くの場合,受益者負担はその時代背景に拠る感覚で議論されます。

サービス設計を見直すことで解決できる

 私は,「ただ乗り論」もこのような「感覚」から生まれているのだと思います。トラフィックがどんどん伸びている状況で,格安のプロバイダ接続料のうちプロバイダ設備維持費用などが切迫してきているのは事実だと思います。ですが,現在のような“感覚に依存する議論”ではなく,ある程度,計数可能な実態をもとにサービス設計を若干見直すことで,このような問題は解決できる一過性のものなのだと思います。

 今後,SkypeやGyaOのようなサービスがどんどん出現していくことは,時代の流れとして必至でしょう。これらに備え,きちんと評価できるトラフィック分析などをしっかり行っておくことが必要になると思います。


■近藤 邦昭(こんどう くにあき)

日本ネットワーク・オペレーターズ・グループ(JANOG)の会長。1970年北海道生まれ。神奈川工科大学・情報工学科修了。1992年に某ソフトハウスに入社。主に通信系ソフトウエアの設計・開発に従事。1995年,株式会社ドリーム・トレイン・インターネットに入社し,バックボーン・ネットワークの設計を行う。1997年,株式会社インターネットイニシアティブに入社,BGP4の監視・運用ツールの作成,新規プロトコル開発を行う。2002年,株式会社インテック・ネットコアに入社。2006年には独立,現在に至る。