アクセンチュアはコンサルティング最大手として,大企業の経営とシステムを支えてきた。その一方で,世界の主要な通信事業者とパイプを持ち,次世代ネットワーク「NGN」(next generation network)の構築も手がける。コンピュータとネットワークの融合が進み,NGNの構築ラッシュを目前に控えた現状をどう見ているのか。ユーザー企業と通信事業者の双方を熟知する程社長に聞いた。

(聞き手は日経コミュニケーション編集長 宮嵜 清志)


──世界中の通信事業者が,NGN構築に向かって動いている。何がどう変わるのか。

アクセンチュア 代表取締役社長 程  近智氏
(写真:山田 愼二)

 NGNに移行すれば,これまで通信事業者が抱えていた多くの問題が解決される。通信事業者のバックエンド・システムは現状,ビリング(請求)などのBSS(business support system)から,顧客情報を管理するOSS(operation support system)まで,機能ごとにシステムがバラバラ。サービスごとでもシステムが別々になっている。このため業務効率が悪く,サービス提供が遅れたり,採算割れになったりすることも珍しくない。それにもかかわらず,新たな需要開拓を目指してどんどんサービスを作っている。

 これに対してNGNは,ユーザー認証や位置情報管理といったネットワークの機能を個別に切り出し,オープンなインタフェースを持たせるのが基本コンセプト。BSSやOSSとの連携が容易になるため,従来のようにサービスごとにBSSやOSSを作る必要はなく,新しいサービスを迅速に投入できるようになる。さらにプロトコルをIPに統一できるので,管理コストも大幅に減る。NGNに移行しなければスピードの面でも,コストの面でも立ち行かないというのが実情だろう。


──NGNは,通信事業者がインターネット(The Internet)に奪われた収益を取り戻そうとする動きのようにも思える。

 国によって政策や競争環境が違うので,一概には言えない。ただ,基本的にはユーザーのニーズとともに,事業者間の競争が背景にある。

 例えば米国ではケーブルテレビ事業者が非常に強く,電話やインターネット,放送を一体化させたトリプルプレイの提供が進んでいる。一刻も早くNGNに移行してインフラを整備しないと,コスト競争でケーブルテレビにとても勝てない。

 一方,日本は状況が少し異なる。「NTTグループ対その他のインフラ事業者」という競争の側面もあるが,インフラではなく上位のアプリケーション・レイヤーが主戦場になるだろう。

 ただし,これらは通信事業者の都合に過ぎない。ユーザーの立場からすれば,「通信事業者のコスト構造を変えないといけない」,「ジャングルのようにごちゃごちゃしたネットワークをきれいにする必要がある」といったことは,あまり関係ない。個人や企業,または企業間のつながりという観点から利便性の高いサービスが実現されることが大切。事業者は,こういう視点でNGNを考えていく必要がある。


■高度化,複雑化する企業ニーズ,NGNへ移行しなければ立ち行かない

──NGNはユーザー不在の議論になっていると。

 その通り。企業ではネットワークに対するニーズが高度化,複雑化してきている。例えば航空会社は,アライアンスを組むことでサービスの差異化を図ろうとしている。自前の航空機だけでは他社との違いを出しにくくなっているからだ。会員になれば世界中のどの空港でも同じサービスを受けられるのはアライアンスの成果と言える。

 こうした環境を実現するために,異なる企業間で業務やシステム,ネットワークを迅速かつ安全に統合したいという要望が増えている。しかも企業はビジネス環境の急激な変化に合わせ,アプリケーションやネットワークをドラスティックに変更しなければならないから,スピードも問われる。

 このニーズにどう応えていくか。NGNが目指すべきゴールはまさにそこにある。個人や企業,企業間のアライアンスに対し,NGNを活用した付加価値サービスをいかに提供できるかが焦点だ。


──ブロードバンド化は進んだものの,企業はまだ十分にネットワークを生かし切れていない印象を受けるが。

 状況は変わりつつある。最近は経営者の意識が高まり,システムの裏ではコンピュータとネットワークが融合されていることを理解し始め,ネットワークを前提にビジネスモデルを考えるようになった。ネットワークがもたらすリアルタイム性や顧客へのアクセス性,ブロードバンドを生かしたマルチメディアの有用性などに着目し,効果的な活用法を模索している経営者は意外なほど多い。

 さらに先進的な企業は,システムやネットワークの信頼性を重視して,いかに自社のビジネスを止めないようにするかを考えている。80年代初めはコンピュータ同士がネットワークで接続されておらず,モデムを使って電話回線でデータを送っていた。その当時に比べると,コンピュータのネットワークに対する依存度は飛躍的に高まった。感覚では50倍,あるいはそれ以上。今やネットワークは,ビジネスを継続する上で不可欠な存在になっている。


──具体例はあるか。

 例えばある小売チェーンの社長は,すべての店舗をネットワークに接続することで,業務を根底から変えようとしている。サーバーをセンターに集約し,端末はシン・クライアントにして集中管理する。現在はチラシで行っているキャンペーンなども,マルチメディアを活用したプロモーションに切り替えていく。全店舗に光ファイバを引き込めば,あれができるこれができると,今まさに議論しているところだ。

 問題は通信コスト。特に小売業は,1円,2円のレベルでしのぎを削っているような世界。全店舗の光ファイバ化で集客や売り上げが伸びても,まだ通信コストが高い。この部分は消費財や飲料メーカーの販促費で補てんしたり,あるいは単純に他の部分でコストを下げたりと,いろいろな角度から検証している。


──現行の通信サービスの料金構造には改善の余地があると。

アクセンチュア 代表取締役社長 程  近智氏
(写真:山田 愼二)

 少なくとも,コストを積み上げて値段を付けるという発想は,もうやめるべきだ。これは製造業で問題になったことだが,「製造にこれだけかかったのでマージンはこれだけ上乗せする」という考え方は時代遅れ。企業も個人も,簡単に財布が大きくなるわけではない。マーケットの需要を把握した上で,顧客の懐具合から逆算して「この料金まで下げなければ受け入れられない」,「料金を下げられない場合は何をすれば受け入れられるのか」と考えることが必要ではないか。

 通信コストの他にも改善すべき点は多くある。以前は通信には,商品やプロダクトという概念すらなかったが,今はもう商品の形になっている。製造業などに見習うべき点は多い。

 例えば在庫の考え方を導入すれば,採算をもっとうまく管理できる。回線の開通も,物流の考え方を取り入れることで改革できるかもしれない。現在は通信事業者がインフラ構築からサービス提供までを手がける垂直統合型が主流だが,今後は製販分離という考え方が必ず出てくるだろう。そうなれば,より多くのニーズに応えるサービスを提供できるようになるはずだ。

 グローバルな視点も,もっと取り入れるべきだろう。サービスを利用する企業が向かっていく先はグローバルな競争。多くの企業が,世界を相手に戦っている。その土台となるインフラを通信事業者が支えていかなければならない。

 企業同士のつながりという点では,セキュリティや信頼性,SLA(サービス品質保証)なども,今まで以上に重要となる。機能やコストの面でいくら良いサービスでも,セキュリティやビジネス継続性の面が不安となると,企業としては手を出せない。


■NGNで新しいビジネスモデルを作り,将来は世界に輸出したい

──アクセンチュアは,NGNにどう取り組んでいくのか。

 NGN関連のビジネスは二つある。一つは通信事業者向け。コンサルティングから,BSSやOSSの整備までを手がける。NGNの事例としては,オーストラリア最大手の通信事業者であるテレストラがある。テレストラは社長が先頭に立ち,社運をかけてNGNに取り組んでいる。

 もう一つは,ユーザー企業向けのビジネス。業務システムの個々の機能を“サービス”として切り出し,ネットワーク経由で連携させるSOA(サービス指向アーキテクチャ)の概念がユーザー企業に浸透しつつある。SOAはNGNと発想が似ており,相性が良い。SOAとNGNを最大限に活用し,企業のビジネスを変えていくことがこれからの成長領域と考えている。

 将来は,日本の通信事業者と一緒に海外に進出することも考えている。NGNという土台を活用して新しいサービスを柔軟に提供できるようなビジ ネスモデルを構築できれば,世界に輸出していきたい。通信事業者には,日本特有のものではなく,世界に通用する革新的なNGNを作ってほしい。


程 近智(ほど・ちかとも)氏
1960年7月31日生まれ。神奈川県出身。82年に米スタンフォード大学工学部を卒業し,アクセンチュアに入社。91年に米コロンビア大学経営大学院でMBAを取得。95年にパートナーに就任。その後,eコマース推進コアチームリーダー,ビジネス・ローンチ・センター長を経て2000年に戦略グループ統括パートナー。01年に通信・ハイテク本部通信業統括パートナーを兼務,03年に通信・ハイテク本部統括本部長。05年9月に代表取締役,06年4月に代表取締役社長に就任した。現在も通信・ハイテク本部統括本部長を兼務する。趣味は温泉旅行,史跡巡り,ゴルフ。

【アクセンチュア】
設立 : 1995年12月
資本金 : 非公開
売上高 : 非公開
従業員数 : 約2500人(2006年2月時点)
事業概要 : コンサルティング最大手。経営だけでなく,情報システムやアウトソーシング分野にも強みを持つ。全世界で約13万人の人材を抱える。NGNの構築,MVNO(仮想移動体通信事業者)のビジネスやシステム面を支援するサービスなども手がけ,世界の主要な通信事業者とパイプを持つ。

【後記】

コンピュータとネットワークの融合が確実に進んでいる。だが,「その分,トラブル・シューティングがますます難しくなっている」(程社長)のも事実。特にレガシー・システムに強い技術者は,そろそろ大量に退職する時期。柔軟かつビジネスの継続性を常に視野に入れたシステムを,どう構築していくのか。NGNが成功するカギは,このような企業の苦悩にどう応えるかにかかっている。  (宮嵜)