米Microsoftのテクノロジーエバンジェリストであり、企業ブロガーの先駆けだったロバート・スコーブルが、同社を去りポッドキャスティングのベンチャー企業へと転進するというニュースが先月流れた。

 このニュースは日本でもいくつかのメディアで取り上げられ、何人ものブロガーが自分のブログにコメントを寄せた。しかし、実際にロバート・スコーブルがMicrosoftでどのような仕事をしていたのか、なぜ彼が企業ブロガーとして画期的だったのかを知る人は、日本では少ないのではないだろうか。


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 ロバート・スコーブルは、2006年1月に出した自著で、企業のコミュニケーションがブログによってどう変わっていくのかについて記した。その翻訳本『ブログスフィア:アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち』の編集を担当することで、彼の人となりやMicrosoftでの仕事ぶりを知ることができた。

 長い間、Microsoftの企業イメージは良いとは言えなかった。Microsoftは強欲なビル・ゲイツが金持ちになるために存在する会社で、「悪の帝国」にほかならないとまで言う人もいたほどだ。しかし2000年ごろから社員がブログを立ち上げ始め、社員が自ら情報発信するようになると、状況は徐々に変わってきた。社の公式ブログ「Channel9」もイメージ改善に大きな役割を果たした。

 このChannel9のメインコンテンツであるビデオ・ブログを担当していたのがロバート・スコーブルだ。彼はビデオカメラ片手に社内を歩き回り、技術者にインタビューし、ブログで公開した。未発表の製品もビデオで見せ、顧客から質問があればきちんと答えた。

 またロバート・スコーブルは、「Scobleizer」という個人ブログも持っている。これは年間350万人が訪れる、アメリカで超人気のブログだ。Scobleizer での彼は、Microsoftに遠慮することなく、ときに自分の会社を痛烈に批判した。

 例えばこんなことがあった。Microsoftはゲイ社員への差別を禁じる州法を支持していたのだが、あるときCEOのスティーブ・バルマーがこの方針を転換すると発表した。するとロバート・スコーブルは、自分のブログでスティーブ・バルマーのことを「裏切り者」と書き、この決定で職場への愛情が薄れたと綴った。周囲はロバート・スコーブルがクビになるのではと心配したが、1週間後、驚くべきことにスティーブ・バルマーが前回の発表を撤回した。

 ロバート・スコーブルは、自社の批判だけでなく、ライバル会社が優れていればブログ上で彼らを誉める。iPodやGoogle、FirefoxはMicrosoftと競合するが、彼は遠慮なく自分のブログでそれらを賞賛した。

 このような姿勢を貫くからこそ、ブログの読者は彼を支持する。Internet Explorerのβ版がGoogleやYahoo!のツールバーを拒絶しているというニュースが流れたとき、ロバート・スコーブルは自身のブログで、GoogleやYahoo!の最新版のツールバーを使えば問題なく動作すると反論した。ブログの読者が自らソフトの動作検証を行い、ロバート・スコーブルの主張を支持したため、Microsoftは評判を落とさずに済んだのだった。

 一昔前ならば、彼のスタンスは大企業に迎合しない“一匹狼”といったところだ。しかし彼は、孤立した存在どころか、企業と顧客との重要な“パイプ役”となっていた。それを可能にしたのが、ブログだ。

 これは、企業と顧客との間、そして企業と社員との間に、ブログによって新しいコミュニケーションが可能になることを示しているのではないだろうか。『ブログスフィア』では、Microsoftのほかに、Sun MicrosystemsやIntel、Boeingなどの大企業や、ヨーロッパや日本の企業の事例、ブログで世界を相手に活躍する中小企業の話が紹介されている。企業ブログの最新事情とその可能性に興味を持たれた方は、ぜひご一読いただきたい。

(竹内 靖朗=出版局)