一昨年秋から全国に知れ渡った大阪市役所の職員厚遇問題。筆者は昨年2月から原因究明と是正の委員会(福利厚生制度等改革委員会)で活動してきた。その委員会が先週14日、ついに終わった。今回はその総括をしたい。

■総額530億円の見直し効果

 委員会は1年5カ月にわたり延べ20回の会合を開き、全7回の報告・提言をした(すべてHPに掲載)。内容はいわゆるヤミ退職金・年金の返還、福利厚生予算の抜本見直し、さらには外郭団体の福利厚生の見直し、OB団体への公金・便宜供与の全廃まで多岐に渡る。見直し効果額は約530億円。約270億円分が互助組合などに不当に蓄積されていた公金の返還だ。

 あとの約260億円分は毎年の予算の削減だ。この効果は毎年持続する。これは単純計算すると職員一人当たり年間50万円ほどだ。主な項目は互助組合への交付金見直し(47.2億円)、健保組合への交付金見直し(30億円)、職員へのスーツ支給廃止(4.9億円)、職員親睦団体「厚生会」への助成(4.6億円)など。このほか永年勤続祝い金、職員のクラブ活動への過剰支援、結婚貸与金なども廃止された。

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■組織体質刷新のため徹底的に究明

 委員会の調査は1年5カ月にも及んだ。背景には「職員厚遇問題の解明を通じて市役所の体質を変える」という市長と外部委員の狙いがあった。

 委員会はすでに第一回の報告書で「厚遇問題の背景には情報公開に消極的かつ不健全な労使関係に代表される大阪市役所の体質がある」と指摘。「報道は氷山の一角に過ぎない。すべてを調査公表し、さらに根底の組織運営の仕組みを変えなければ再発する」と警告してきた。

 調査対象は庁内の「福利厚生予算」に限定しなかった。「互助組合」「健康保険組合」「厚生会」といった周辺の組織すべてを調査した。それぞれの公金の流れ、資産状況、実権の所在を洗い出した。その結果、さまざまな名目で公金が流れ"簿外蓄財"の機関と化していたことが判明した。それぞれが保養施設を持ち、独自に旅行補助や勤続祝い金を出す。厚生会などは区庁舎に自動販売機を置き手数料収入をピンハネしていた。

 退職OBの親睦団体に対する金銭・便宜供与も目にあまった。例えば駐車場や庁内喫茶店を運営する利権の供与や委託費名目での公金支給。さらに本庁舎内の格安事務所スペースの貸与。交通局に至っては外郭団体経由で公金を流しOB団体の趣味の会の活動資金の面倒をみていた。このうち2団体は単なる親睦組織だが公益法人(社団法人)格を有する。放置してきた大阪府庁も監督責任を問われるべきだ。当初、委員会は「厚遇」の受益者を現役の市職員とした。その後対象を外郭団体に広げた。その後、見直し対象を先ほどのOB団体、さらにOB個人に広げた。OB個人への厚遇の典型は再就職である。国の天下りに比べると問題はあまり無かったが外郭団体で再び退職金をもらう制度は廃止した。

■再発防止策、そして、他事業分野の改革へ

 さて是正は完了したが、どうやって再発を防止するか。

 第1には徹底した情報公開だ。福利厚生予算はメニューの詳細をホームページで公開し、ガラス張りにした。

 第2に労使関係の健全化である。当局は、まずヤミ専従(給与を受け取りながら、職場に勤務せず、組合活動に専念する)の存在を明らかにし、廃止した。さらに労使交渉を公開し、勤務労働条件と無関係の管理運営事項の協議はしないというルールを徹底した。委員会も労使交渉のガイドラインを提案。さらに現場の職員向けに労使関係や勤務環境について無記名で自由記述できるアンケートを定期的に実施。結果を公開した。これは今後も続ける。

 第3には職員の参加と自覚の醸成である。職員の多くはそれほどの厚遇を受けてきたという意識がない。廃止・見直しへの抵抗感もない。「後ろめたい思いをするくらいならいっそ廃止」というのが絶対多数派の意見だ。

 だが、だとすれば誰がどういう意図でここまで精緻な仕組みを作り上げたのか。ヤミ年金をはじめとする一連の制度は労使交渉で決められてきた。労組が果たして職員の本当のニーズを代弁しているのか疑問だ。似た例がある。国会の族議員である。彼らは過剰な福祉や公共事業を中央省庁と折衝し、成果を住民に強調する。それで権力基盤の維持を図る。同じことが大阪市役所の労組と職員の間にも起きていないか。良識ある職員は今こそ労組の改革に立ち上がるべきだ。

 作業を終えてしみじみ思うのは「たかが福利厚生。されど福利厚生」ということである。一見些事だが職員そして市民にとって身近な課題だ。だから関心が持続した。また公金の流れ方を知るいい素材になったはずだ。大阪市民と良識派の職員はこの経験を忘れず、ほかの事業分野の改革に活かして欲しい。

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学教授(大学院 政策・メディア研究科)。。運輸省、マッキンゼー(共同経営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。行政経営フォーラム代表。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』ほか編著書多数。