NeXT Cube は,米ネクストというコンピュータ・メーカーが1988年に売り出したワークステーションである。数多くの先進的な機能を備え,熱狂的なファンを作りだした。しかし,時代を先取りしすぎたと言われ,商業的には失敗した。コンピュータ業界史の里程標として興味深いNeXT Cubeだが,実はWWW(world wide web)の開発で大きな貢献をしている。

 WWWの発明者はTim Berners-Leeと言われている。彼の“WWWの発明”には二つの意味がある。彼はWebの基本的なしくみである「HTTP」,「URI」,「HTML」の三つを考え出した。また,最初のWebサーバーとWebクライアント(Webブラウザ)を開発した。そのときに使われたのがNeXT Cubeである。

Webの発明者が評価した開発環境

 1990年,欧州の研究機関CERNに勤めていたBerners-Leeは,独自に考えたCERNの文書管理システムを提案した。それは,インターネット上にハイパーテキスト・システムを実装したものだった。WWWの原型である。

 CERNから正式なプロジェクトとして承認されなかったため,彼は独力で開発を進めることにした。そのとき,同僚のBen Segalが強く薦めたのがNeXT Cubeだった。Segalは米国で働いたことがあり,TCP/IPなどの知識を伝える役割も果たした人物だ。

 NeXT CubeのOSが備えていた開発環境は,GUIをベースにした先進的なものだった。また,オブジェクト指向を取り入れた「Objective-C」というプログラミング言語を採用していた。後に彼は,移植性を高めるためにC言語の採用に踏み切ったが,それを自著「Weaving the Web」の中で「downgraded」(品質を落とした)と表現した。このことから,いかに彼がNeXT Cubeの開発環境を高く評価していたかわかるだろう。

 さらに,NeXT Cubeの導入は,思わぬ副産物を産みだした。新たに導入したワークステーションのOSとプログラム開発環境を評価するという名目で,正式に承認されなかったWWWの開発を,大手を振って進められるようになったのである。

 1990年末までに,Berners-LeeはNeXT Cubeを駆使して,WebブラウザとWebサーバーの開発を終えた。そして,そのWebサーバーを使って,世界初のWebページをインターネット上に公開した。当然,そのサーバーはNeXT Cube上で稼働していた。