1977年に小林宏治会長(当時)が「C&C」(Computer & Communication)を提唱して以来,30年近く通信とコンピュータの融合を掲げてきたNEC。同社は2006年4月1日,次世代ネットワーク「NGN」(next generation network)をキーワードにした新組織体制を発足,融合のための新たな一歩を踏み出したように見える。NECが描くNGNとは何か。矢野社長にその展望と戦略を聞く。
■インターネットは“宿り木”だしっかり根を張るネットが不可欠
──4月1日からNGNをキーワードに組織を再編した。NECはNGNをどうとらえているのか。
(写真:都築 雅人) |
話としては,NGNは非常に分かりやすい。既存の電話網がいずれ消滅するのは目に見えており,これに代わる最先端のネットワークを基盤とした「携帯電話のネットワーク」がNGNのひな形になる。そしてこれを,固定通信や放送にまで拡大していくのがNGNだ。ネットワークはIPの技術を使うが,それは安心・安全なIPネットワークであって,いわゆる「The Internet」のようなごちゃごちゃに絡み合ったジャングルではない。整然としたハイウエイを作るのがNGNだ。
──なぜそのようなネットワークが必要になるのか。
今の電話網の構造と現状を説明したほうが分かりやすいだろう。NECで言えば,1970年代後半に「NEAX61」という局用ディジタル交換機を市場に投入した。そしてNEAX間を接続する光マイクロ伝送装置を併せて,現在につながる電話網ができあがった。それから30年近くたち,明らかに次のものが必要になっている。
NEAX61時代のキーワードはISDN。その後,ブロードバンドISDNというコンセプトが登場し,ATM( 非同期転送モード)がその中核を担うという話があった。だが,そのコンセプトをATMもろとも吹き飛ばしたのがインターネットだ。
今のネットワークの世界を見ると,旧来型のNEAX61的な交換型ネットワークと,インターネットが共存している。だが忘れてならないのは,インターネットは電話のために作ったネットワークを利用しながら発展してきたこと。だから安いわけだ。
私に言わせると,インターネットは宿り木だ。自分で固い地面にぐっと食い込んで,そこから栄養分を吸い上げているのではない。既存のネットワーク基盤から栄養分を取っている。通信事業者が何十年にもわたって築き上げた電話網,あるいは専用線網の上にできているのだ。こういう構造を理解する必要がある。
──通信事業者の収益構造の変化も,NGNを促している。
確かにそうだ。例えばITU( 国際電気通信連合)では,NGNを電話という枠内で議論しているように思える。だがそれはちょっと待ってくれと言いたい。無料のインターネット電話であるSkypeなどが登場し,通信事業者の電話収入は減少し続けている。だから電話に焦点を当てて投資するだけでは,どうやっても費用対効果が出るわけがない。
そういう時代に,単に次の電話網を作り上げるという考えだけでは,通信事業者は立ち行かなくなる。やはり,どうやって収入を得るかというのが,今のNGN最大の課題だ。そうでなければ,NGNは電話網の単なる延長になってしまう。
──携帯電話事業者はどうか。
NECは,NTTドコモ向けにiモードのゲートウエイを提供している。このシステムは「CiRCUS」(サーカス)と呼ぶが,400台の汎用サーバーで構成し,それらが一体となって1日65億件もの処理をこなしている。iモードは私の聞くところでは,NTTドコモに1兆円の収入を生み出しているという。
逆の言い方をすれば,NTTドコモにとって音声収入は減っているが,iモードのような新サービスがあるから,何とか横ばいプラスアルファの売り上げを達成できている。iモードは単なる通信サービスではなく付加価値を伴ったサービスであり,新たな収入を作り出した好例だ。
最近は「プッシュトーク」などの新サービスも出ているが,このプッシュトークはIMS(IP multimedia subsystem)と呼ぶNGNの基盤技術の上で本格的に作った,初めてのサービスだ。これからは,こうしたサービスの提供基盤となる「サービス・プラットフォーム(サービス基盤)」の上でサービスを展開することが重要になる。
認証や課金の機能など共通化した基盤があれば,「おサイフケータイ」などの新サービスをすばやく提供できる。iモードは大ヒットしたが,それほど大きな2匹目のドジョウはすぐには出てこない。だからこそ共通のサービス基盤を作り,その上でいろいろなサービスをすばやく試せるようにしなければならない。
──NGNに関するビジネスは,これまでとは異なってくるのか。
従来型の通信機器もNGNに関連するビジネスでは重要だが,CiRCUSのように,サーバー上のソフトウエアとして実現する部分が非常に大きくなる。我々が見るところでは,通信事業者の投資規模は通信機器などのシステムで6割,一方,サーバーの上に実現されるソフトウエアが4割になるだろう。
──NGNが企業のネットワークに与える影響は。
あまり知られていないが,電話網と同じように専用線も問題になっている。日本では70年代後半,ディジタルの専用線が開発された。そのときから30年近く経過している。基本的には,当時のシステムが今に引き継がれている。専用線網は物理的に他の網と分けられているから,企業ユーザーにとっては一番安心だ。だがその分,値段は高い。これが今,更新時期に来ている。
専用線で使われている機器は,保守限界を過ぎているものも多い。これをIPに統合しなければならないが,これまでの専用線と同じような安心・安全を提供していかねばならない。それらを提供できるIP網がNGNだ。
■NGNで「専用線」は安くなり企業のビジネスも激変する
──何がどう変わるのか。
(写真:都築 雅人) |
ディジタル専用線が出てきたときを思い出してほしい。30年前の帯域はせいぜい9.6 kビット/秒だったが,ディジタル専用線は当時としては高速な6Mビット/秒のメニューを用意していた。それでがらりと企業のシステムが変わってしまった。
まず企業の中のPBX(構内交換機)も,局用と同じようにディジタルに変わった。PBXとPBXをつなぐのはアナログ専用線だったが,ディジタルに変わることでデータの転送が圧倒的にやりやすくなった。その結果,コンピュータの分散も進んだ。あるいはデータ・センターというコンセプトが地方でも通じるようになった。実はディジタル専用線は,通信事業者が勝手にディジタル化したのではなく,顧客のビジネスを変えるためにやったものだ。NGNでも同じような変化が起こる。
どう変わるかを私が言ったら通信事業者は怒るかもしれないが,まず第一に料金が間違いなく安くなる。安くて安心,安全で専用線ライクなサービスが出てきたら,これはもう,いろいろな新しいアイデアが出てくる。
また地震などの災害に対する「ディザスタ・リカバリ」が重要になってきているが,実はそのための投資は進んでいない。ネットワークがそれに応えれないからだ。NGNの安心,安全なネットワークの登場でディザスタ・リカバリがきちんとできるようになる。そのための投資も増えるだろう。
つまり企業ユーザーからすると,今まで以上に安くて信頼性が高い網が出来上がる。すると“ネットワーク化されたコンピューティング”というようなもので何ができるか,という話になってくる。例えばシン・クライアントはさらに普及するだろうし,センター側で管理するからユーザーにとってストレス・フリーになる。今まで帯域が狭かったり,あるいは信頼性が低かったからできなかったサービスが,どんどんできるようになる。
インターネット接続事業のBIGLOBEを7月に分社したのは,まさにそれを狙ったものだ。超大企業であれば通信事業者からネットワークだけ借りればいいが,部門や中小企業だったら初期投資ゼロでサービスを展開できるアウトソーシング・モデルの方がいいかもしれない。そうなれば,BIGLOBEが提供するサービス基盤,例えばeコマースの基盤を一緒に使いましょうとなるだろう。多様化したサービスを通信事業者が提供することで,今までなかった需要をどんどん喚起できる。
こうした変化に対応するには,僕らの頭を切り替えなければならない。そのためにNECの組織も一新した。一口に言えば,ITとネットワークの融合を実行できる体制にしたということだ。
──NECの強みは。
NGNを少し大きいコンセプトでとらえ,通信事業者のビジネスと企業のビジネス,個人の生活,これらを良くするために全体を視野に入れているのは,NECしかいないと自負している。
だから批判もあるが,パソコンと携帯電話端末の事業を捨てないのはそのためだ。ユーザーから見えるのは結局,パソコンと携帯電話端末。端末側で持つべき機能,ネットワーク側で持つべき機能,その後ろにあるサービス用のサーバーが持つべき機能,これらを全部見ながら事業を展開していく。
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