図9 コミュニケーション・モデルの2つのパターン<BR>コミュニケーション・モデルは,プロジェクトの特性に応じて「垂直型」と「水平型」を使い分ける。垂直型は「管理・統制」に,水平型は「調整・協力」に適している
図9 コミュニケーション・モデルの2つのパターン<BR>コミュニケーション・モデルは,プロジェクトの特性に応じて「垂直型」と「水平型」を使い分ける。垂直型は「管理・統制」に,水平型は「調整・協力」に適している
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図10 大規模な基幹系システムの開発に向くコミュニケーション・モデルの例&lt;BR&gt;参加メンバーが多く,組織が多層構造になるので,「管理・統制」を重視した垂直型のコミュニケーション・モデルを採用する(組織モデルはプロジェクト型)
図10 大規模な基幹系システムの開発に向くコミュニケーション・モデルの例<BR>参加メンバーが多く,組織が多層構造になるので,「管理・統制」を重視した垂直型のコミュニケーション・モデルを採用する(組織モデルはプロジェクト型)
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図11 Webシステムの開発に向くコミュニケーション・モデルの例&lt;BR&gt;多様かつ高度な技術を組み合わせたり,要件や環境の変化に柔軟に対応できるようにするため,「調整・協力」を重視した水平型のコミュニケーション・モデルを採用する(組織モデルはストロング・マトリックス型またはバランス・マトリックス型)
図11 Webシステムの開発に向くコミュニケーション・モデルの例<BR>多様かつ高度な技術を組み合わせたり,要件や環境の変化に柔軟に対応できるようにするため,「調整・協力」を重視した水平型のコミュニケーション・モデルを採用する(組織モデルはストロング・マトリックス型またはバランス・マトリックス型)
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 コミュニケーション・モデルとは組織内の情報伝達をどのように行うかを定めたもので,「垂直型」と「水平型」に大別できる(図9[拡大表示])。

 垂直型は「管理・統制」を重視したコミュニケーション・モデルである。垂直方向の情報の流れとしては,上司から部下への指示の伝達や,部下から上司への報告・相談などがある。通常は統制範囲を狭くし,管理者1人あたりの直属のメンバーの数を少なくする。

 これに対して,水平型は「調整・協力」を重視したコミュニケーション・モデルだ。水平方向の情報の流れには,メンバー同士の情報交換や相談などがある。

 2つのコミュニケーション・モデルはどのように選択するべきなのか。その判断基準としては,プロジェクトの規模,開発期間,システム化の対象領域,使用する技術の難易度などが挙げられる。図9に示すように,大規模で長期に及ぶプロジェクトは管理・統制に適した垂直型が向いている。一方,最新の技術を採用したり,システム化の対象領域が広く多様な技術がかかわるプロジェクトでは,メンバー同士の情報交換が不可欠なので水平型を選ぶ。

 また,先に決めたプロジェクト・マネジャーやグループ・リーダーの統制範囲も,コミュニケーション・モデルの決定にあたって考慮する必要がある。統制範囲が狭い場合は垂直型,広い場合は水平型が向くことは言うまでもない。

モデルを選び実践的な組織に

 ここまで5つの組織モデルと2つのコミュニケーション・モデルについて説明してきた。これらはあくまでもモデルに過ぎないので,実際にはプロジェクトの目標や戦略,開発するシステムの特性などに応じて,それぞれのモデルを選択し,カスタマイズして実践的な組織作りにつなげる必要がある。各モデルの特徴を整理する意味も込めて,筆者の経験を基に,組織モデルとコミュニケーション・モデルの典型的な適用事例を紹介しよう。

 筆者が過去に手がけたメインフレームによる基幹系システムの開発では,プロジェクト型の組織モデルに,垂直型のコミュニケーション・モデルを適用した(図10[拡大表示])。

 特に大規模で長期に及ぶ基幹系システムの開発では,参加するメンバーが多いだけでなく,メンバーのモチベーションの維持も重要な課題となる。その点,プロジェクト型の組織モデルなら,ほとんどのメンバーが専任であり,かつプロジェクトの目標や戦略を共有しやすい。

 また,このケースでは,メインフレームの“枯れた”技術を使ったシステム開発だったため,メンバー同士の情報共有よりも,効率的な統制・管理を優先した。垂直型のコミュニケーション・モデルを選択したのは,そのためだ。

 一方,Webやモバイル,XMLといった新しい技術を活用した最近のシステム開発プロジェクトでは,バランス・マトリックス型またはストロング・マトリックス型の組織モデルを選択し,コミュニケーション・モデルには水平型を適用している(図11[拡大表示])。

 最近のWebシステムには,使用する技術が急速に複雑化・高度化する,短期間で開発しなければならない,仕様が頻繁に変わる,といった特徴がある。そのため,期間は短くても,プロジェクト・マネジャーが一定以上の権限を行使できることが必要と考え,上記2つのマトリックス型を選択した。水平型のコミュニケーション・モデルを選んだのは,多様な最新技術や仕様変更に関する活発な情報交換の必要性を考えれば,当然であろう。

表彰や人材開発制度も重要

 組織モデルとコミュニケーション・モデルを決めたら,組織デザインの第4,第5のフェーズである「表彰・報奨プログラム」と「人材開発プログラム」について検討する。これらのプログラムは,まだ多くの企業に浸透していないのが現状だが,組織を活性化したり成長させる上では欠かせない要素である。

 表彰・報奨プログラムはその名の通り,メンバーの仕事の成果やプロジェクトへの貢献度に対して,表彰したり報奨金を提供する制度である。プロジェクトを遂行する上で必要となるメンバーのモチベーション向上に効果がある。

 また,人的資源が有限である以上,プロジェクトの戦略や組織モデルに合った人材を育てる人材開発プログラムも極めて重要だ。プロジェクト開始当初にスキルや知識の不足しているメンバーがいたとしても,その状況を放置せず,技術セミナーに参加させたり関連する認定資格を取得させるなどして,プロジェクト期間中にもスキルの向上を図る努力が必要だ。

惰性的な組織作りに限界

 以上,システム開発プロジェクトに不可欠な組織デザインの考え方と進め方を説明してきた。繰り返しになるが,実際のプロジェクトでは,こうした取り組みがまだ十分にはなされていない。

 しかし,個々の人材の能力や上下関係に頼った場当たり的な組織作り,あるいは「昔からこうだった」という理由による惰性的な組織作りを続けている限り,プロジェクトの構造的な問題を取り除くことはできない。そうした旧来のやり方を改善するために,本稿が実践的な組織デザインの参考になれば幸いである。


伊藤 靖(いとう やすし)/ループス・コミュニケーションズ コンサルティンググループ統括責任者 エバンジェリスト
1960年生まれ。流通系ノンバンクの情報システム部門を経て,複数のITベンチャー企業の立ち上げ,事業開発,経営に携わりながら数多くのプロジェクトを経験。その後,NTTデータなどを経て,ループス・コミュニケーションズに入社し現職