2003年(平成15年)に改正された下請法(正式な名称は「下請代金支払遅延等防止法」)(注1) から,法律の対象範囲が拡大されました。これまで取引類型が物品の製造と修理に限定されていたのですが,情報成果物作成委託(情報成果物は図1参照),役務提供委託(「役務」とはサービスの意味)といったIT関連の取引類型にも拡大されたのです。具体的には,会計ソフトの開発やソフトウエアのサポート・サービスなどを委託する場合でも,下請法が適用される可能性が出てきました。

情報成果物
1.プログラム(電子計算機に対する指令であって,ひとつの結果を得ることができるように組み合わされたもの) ゲームソフト,会計ソフト,組み込みソフトなど
2.映画,放送番組その他影像または音声その他の音響により構成されるもの 映画,テレビ番組,アニメーション,Webの映像コンテンツなど
3.文字,図形若しくは記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合により構成されるもの 設計図,UML図,コンサルティング・レポート,マニュアルなど
図1●情報成果物の定義と例

 従来,下請法の対象となる取引類型は,物品の製造と修理に関する下請取引(製造委託,修理委託)に限定されていました。これは,旧来の下請けが製造業中心だったことがその背景にあります。しかし,経済のソフト化・サービス化,IT化,規制緩和の進展に伴って,サービス取引の比重が高まったため,平成15年の改正でその対象範囲が拡大されたわけです。


目的は大企業の優越的地位の濫用を防止すること

 対象範囲が拡大されたといっても,すべての事業者のIT関連の取引に適用されるわけではありません。大企業が中小企業(下請企業)との継続的な取引関係の中で,優越的な地位を濫用して,過度の値引き要求や,代金の支払いを遅らせるなど,公正な商取引から逸脱した行為が少なからず存在しています。下請法は,それらを防ぐ目的で制定されたものです。

 したがって,大企業が優越的な地位を濫用することを防ぐという観点から,下請法の対象となる事業者および取引類型が定められています。まず下請法が適用されるのは,契約当事者が「親事業者」,「下請事業者」にそれぞれ該当する場合です(注2)。さらに,対象となる取引類型は,下請法で定義された「製造委託」,「修理委託」,「情報成果物作成委託」,「役務提供委託」に該当する場合に限られます(図2)。それぞれの要件の詳細は後述します。

対象となる取引類型に該当(情報成果物作成委託,役務提供委託等)

かつ

契約当事者が「親事業者」と「下請事業者」にそれぞれ該当
図2●下請法の対象となる条件

 下請法が適用された場合,親事業者には一定の義務(図3)が課せられるとともに,禁止事項(図4)も定められています。

1.書面の交付義務(第3 条)
2.書類の作成・保存義務(第5 条)
3.下請代金の支払期日を定める義務(第2 条の2)
4.遅延利息の支払義務(第4 条の2)
図3●親事業者に課せられる義務

1.受領拒否の禁止(第4 条第1 項第1 号)
2.下請代金の支払遅延の禁止(第4 条第1 項第2 号)
3.下請代金の減額の禁止(第4 条第1 項第3 号)
4.返品の禁止(第4 条第1 項第4 号)
5.買いたたきの禁止(第4 条第1 項第5 号)
6.購入・利用強制の禁止(第4 条第1 項第6 号)
7.報復措置の禁止(第4 条第1 項第7 号)
8.有償支給原材料等の対価の早期決済の禁止(第4条第2項第1号)
9.割引困難な手形の交付の禁止(第4条第2項第2号)
10.不当な経済上の利益の提供要請の禁止(第4条第2項第3号)
11.不当な給付内容の変更・やり直しの禁止(第4条第2項第4号)
図4●親事業者に課せられる禁止事項

 下請法に違反した場合,公正取引委員会,中小企業庁等が報告・立入検査を行うことができます。違反事業者に対しては,公正取引委員会が違反親事業者に対して勧告等の行政指導(勧告)が行われます。

 次のような場合には,50万円以下の罰金に処せられます。

  • 書面の交付義務違反
  • 書類の作成及び保存義務違反
  • 報告徴収に対する報告拒否,虚偽報告
  • 立入検査の拒否,妨害,忌避


親事業者と下請事業者の関係は資本金で決まる

 それでは,具体的にどのような場合に下請法で定められた義務などを遵守しなければならないのか。まず,どのような場合に「親事業者」と「下請事業者」に該当するのかの要件を具体的に見たいと思います。

 親事業者と下請事業者は,プログラムの作成委託,情報処理システムの運用などの場合には図5,プログラム以外の情報成果物作成委託,情報処理等以外の役務提供委託の場合には図6のような要件になりますが,基本的に両者の資本金の金額によって関係が決まります。資本金の金額によって「優越的地位にある」のかどうかを形式的に判断しているのです。

図5●親事業者と下請事業者の関係(プログラムの作成委託,情報処理システムの運用などの場合)


図6●親事業者と下請事業者の関係(プログラム以外の情報成果物作成委託,情報処理等以外の役務提供委託の場合)


 なお,下請けという言葉から,ユーザー企業だけが親事業者になり,ベンダーは親事業者にならないようなイメージがあるかもしれませんが,そのような制限はありません。あくまでも,契約当事者の資本金の額により決まりますので,元請事業者と孫請け事業者との間であっても資本金額の要件を満たせば,親事業者と下請事業者の関係となります(孫請けとひ孫受け,その先も適用はあり得ます)。

 次回は,対象となる取引類型について解説したいと思います。

(注1)下請法は,独占禁止法の特別法にあたります。独占禁止法でも不公正な取引方法として「優越的地位の濫用の禁止」が定められていますが,それをより具体的にしたものといえます
(注2)取引事業者双方の資本金の額によって決まります


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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。