前回は,新システムが麻痺して稼働せず,レガシー・システムやローカル・システムが跋扈(ばっこ)しているケースを取り上げた。使い物にならない新システムをいたずらに抱えていたために,無駄な費用が追加で発生するという恐ろしい事例である。新システムが全く省みられない場合はそれなりに理由があるわけだから,新システムを思い切ってあきらめるのが最適の対応である。

 今回は,導入したSFA(セールス・フォース・オートメーション)を,人材削減などで追い詰められた当事者があきらめた事例を紹介する。それは,結果的に怪我の功名とも言える。

 SFAは勘と経験による営業から,科学的管理に基づく営業への変身を図るものである。米国中心に発展してきた経営手法であり,管理重点指向であることから日本には馴染まないと考えられた時期もあったが,近来改良が加えられてきたと言われる。特に,最近の営業の現場では,新規顧客の獲得がますます難しくなっている。あるいはリストラや労働市場変化のため営業マンの流動化が激しくなっている。そのため営業のプロセス管理の重要性や営業情報の一元管理の必要性は増しており,SFAに期待されるところは大きい。

 中堅の電機機器販社G社は営業マン不足を補い,かつ売り上げをアップすることを目指してSFAを導入した。しかし,G社にSFAは馴染まなかった。やはり厳密な行動管理を指向したために,現場の営業マンからは受け入れらなかったのだ。

 失敗の大きな原因は,営業の現場に「新しいことは,できるだけやりたくない」「自分のプラスにならないと思われることは,やりたくない」という考えが根強くあったことだ。一方で,営業のスタッフ部門はデータ管理に重点を置き,経営者・管理者は営業マンの行動管理を厳しくすれば実績の向上が期待できると考えていた。原因を突き詰めれば,それらを放置したトップのリーダーシップに行き着く。


ノウハウを抱え込みたい営業マンは入力に非協力的

 ご多聞に漏れずG社でも,まずデータ入力について多くの場面で問題があった。例えば,行動力があり販売実績を稼ぐ営業マンほど入力が増える。多くの顧客にアタックし,多くの提案をすれば,その分だけ活動状況を入力しなければならない。律儀に会社の方針に従えば,結果的にデータ入力のために営業活動の時間が削がれてしまうことになる。

 G社の営業マンは,“生活の知恵”としてデータを発生のつど入力する手間を省き,月末にまとめて入力するようになった。例えば,受注決定は生産手配が遅れることを嫌って即入力するが,アタック中案件の失注,売価や納期の変更,注文数量の変更など,営業マン本人が緊急性を感じないデータは月末にまとめて入力した。加えて,入力データの内容も極めて簡略化した。こうなると営業スタッフ部門や上長は営業状況をリアルタイムで正確に把握できないから,各自が手元で別途Excelなどを使って資料を作って管理することになる。また,簡略化された情報にはノウハウが乏しいから,関係者はSFAのデータにアクセスしない。そのうち営業マンは,まとめての入力さえ手を抜くようになった。

 営業マンには,顧客情報や業界情報をなぜ入力する必要があるのかという疑問が潜在的にあった。しかも,本当にノウハウの詰まった情報は自分で抱えておきたいという意識があり,入力に非協力的だった。その一方で,自分に不利な情報,例えば,顧客の当社シェアが落ちたとか,競合メーカーが優れたイベントを企画しているとかなどの情報を公にしたくないという意識がある。結果として,一元化されたはずの情報は,内容が乏しく役に立たなかった。営業マンは本当に必要な濃い情報を,個人同士のいわば“人間力”で収集していたのだ。

 G社は,入力に対する営業マンの負荷を軽減する努力を怠ったわけではない。入力を定型化したり,できるだけ選択型の入力インターフェースを導入した。しかし,営業マンの入力に対する潜在的な反感は氷解しなかったし,そもそも定型化された入力データはノウハウに欠けていた。


使い物にならなかったSFAの各種情報

 入力がいい加減であるということが,SFAの機能のすべてに支障を来した。

 例えば行動予定と日報記録である。G社が導入したSFAでは,暦上に顧客名と行動目的をクリックするだけで行動予定表が作成される。しかし,営業マンは上長からの執拗(しつよう)なフォローアップを嫌って,問題顧客については登録を避けた。商談記録の日報もマウスによる選択方式で定型化されているため,機微に触れた情報は入力されない。しかも,月末にまとめて入力するから役に立たなかった。そして実際はSFAに頼らなくとも,営業マン自身は手元の行動予定で十分だったし,商談記録についても,スタッフ部門が営業マンの手持ち資料から会議用資料を作成していた。

 SFAでは,すべてのデータを顧客・案件・担当者などをキーにして検索できることになっている。しかし,例えば顧客をキーにして「顧客の最新情報」「商談情報」「クレーム情報」などを検索しようとしても,情報そのものが簡略化されていたり,タイミングを失していたり,メンテナンスの手が抜かれていたりするので,使い物にならない。現実の資料作成は営業マンの手元のデータを頼りにするため,個人同士の“ローカル”な接触が横行していた。

 G社は業績の悪化に伴い,あるときスタッフ部門を中心に人員を削減した。人材を大幅削減された情報システム部門も,多少の影響があった営業部門も,SFAに関わっていられなくなった。SFAは,G社の中で誰にも省みられなくなり,遂に凍結された。

 SFAを管理の道具として重宝がっていたはずのスタッフ部門も管理者たちも,実際には各自の手元資料で業務を実施していたのでSFA凍結に痛痒(つうよう)を感じなかった。第一線の営業マンたちは呪縛から解き放たれたように,身軽になったことを喜んだ。そしてそれらを誰も咎(とが)めはしなかった。

 投資したシステムの効果を見過ごすトップ・経営陣の節操のなさや,構築したシステムを自己否定する情報システム部門のふがいなさに対する批判はあろう。しかし「凍結」のなし崩し的決断は,結果的に最良の選択だったかも知れない。

 人員削減のときにこそ,SFAが効力を発揮すべきなのだが,G社では新システムが省みられずローカル・システムが重宝に使われている。G社のトップをはじめとする関係者の新システムへの取り組み方に問題があるか,G社がシステム導入に適した体質を持っていないかなど,いろいろな原因が予想される。しかし,導入したからと言って無理をしてシステムにしがみついているよりは,諦めた方がむしろ企業のためになる。

 そして,条件が整ってから(あるいは,整えてから)再チャレンジするのが良いだろう。


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■増岡 直二郎 (ますおか なおじろう)

【略歴】
小樽商科大学卒業後,日立製作所・八木アンテナなどの幹部を歴任。事業企画から製造,情報システム,営業など幅広く経験。現在は,nao IT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。

【主な著書】
『IT導入は企業を危うくする』,『迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件』(いずれも洋泉社)

【連絡先】
nao-it@keh.biglobe.ne.jp