導入したもののレイムダック化したダメシステムをいかに甦生させるか。前回に引き続いて,現象面からとらえてみる。

 まず,今までの議論の概要を,簡単に整理してみよう。

 レイムダック化しているシステムを現象面からとらえたとき,基本的に2つのケースがある。1つは,新システムを旧業務に単純に適用して体裁を繕ったケース。この場合はひとまず新システムを封印して,業務を見直すべきである。もう1つは,新システムの他にレガシー・システムやローカル・システムが使われているケースだ。

 このうち新システムが稼働している一方で,レガシーやローカルなシステムが陰で密かに使われているケースについては前回・前々回で取り上げ,レガシーやローカルなシステムを思い切って葬り去るべきだとした。並行して稼働する複数のシステムたちは,経費の大食漢だからである。

 今回は新システムが麻痺して稼働せず,レガシーやローカルなシステムが我が物顔に跋扈(ばっこ)しているケースについて考える。


使い物にならなくてもメンテナンス費用は発生する

 新システムが稼働していない場合,その原因を究明した上で対策を打ち,レガシーやローカルなシステムを葬り去るのが正道だろう。

 しかし,新システムが全く省みられないということは,新システムに何らかの致命的欠陥があるはずだ。あるいは致命的欠陥がないとすれば,新システムを受け入れるだけの総合力が,その企業に備わっていないということになる。現実的に考えると,新システムを諦めるのが,最適な対応だろう。

 せっかく導入したからといって,いたずらにダメシステムを抱えていると,まったく使い物にならないにもかかわらずメンテナンス費用や,場合によってはバージョンアップなどの無駄な費用が追加で発生しかねない。筆者は,ベンダーや情報システム部門の義務感や好みから,そういう恐ろしいことが現実に発生しているケースを何度も見てきた。

 大規模産業機器メーカーE社のF事業所は,その一例である。

 F事業所は,経営情報システムと銘打って,予算・業績フォローアップのシステムを構築した。フォローアップすべき経営指標を完璧なまでに網羅したシステムである。

 フォローアップする経営指標は,受注高・売上高・製造原価・総原価・粗利・営業利益・設計/製造原価低減額・製造設備稼働率・作業能率・直接/間接人員・経費・残業時間・仕掛高・製品在庫高・回転率・部材納期遅延率・顧客要求納期達成率・標準設計適用率・設計期限遅延率などなど。ラインのどの部門も,逃げ場がないほど指標で完全包囲される。毎月の定例業績フォローアップ会議では,予算値や目標値と実績値とが比較され,差異の原因が徹底追及される。

 この経営情報システムの目玉は,すべての指標を第一線の現場が入力した原数値を基にして,リアルタイムで計算し,コンピュータ画面にオンラインで表示するというものである。業績不振のときは,どの数値をどういじれば業績がどの程度改善されるかのシミュレーションまでできる。ちなみにシステム導入前は,それぞれの指標を,あるものは手計算,あるものはコンピュータから拾ってきて手作業で計算・作表し,コピーした資料を会議の席上で配布していた。


手作業のフォロー知らぬトップがバージョンアップを要求

 トップの号令で導入したシステムを活用するために,F事業所の会議室には大画面のプロジェクタが設置された。会議の席上で配布される資料は省略され,大画面を見ながら会議を進めるはずだった。

 しかし,実際は違った。まず何よりも,データ入力がオンライン・リアルタイムに対応できなかった。すべてのデータをタイミングよく入力するだけの体制や力が,現場の第一線に備わっていなかったからだ。例えば,不良品の処理手配や他からの部材流用手配の入力が遅れたりするため,購入部材費の変動,設計の原価低減などを,どの製造番号から,あるいは在庫のどこから適用するかのタイミングを自動決定することが困難だった。それで,原価把握のリアルタイム性と正確性を著しく欠くことになった。ST(Standard Time:標準時間)も不正確なままだったので,製造設備稼働率や作業能率も実態を表さなかった。

 そこで,経理部は従来どおり手作業で会議資料を作成し,それを会議室の大画面に映し出した。システムの目玉であるリアルタイムのシミュレーションは利用せず,経理部は業績不振部門の指標についてあらかじめ手計算で2,3のシミュレーションを行い,その結果を画面上に表示した。オンライン・リアルタイム・システムではなく,単なるプロジェクタ・システムだったのだ。

 一方,会議の出席者は,業績結果を追求されたときのための回答準備のメモが欠かせない。このため,密かに資料の配布を求めた。

 F事業所の情報システム部門長から非公式に相談を受けた筆者は,「トップに実態を正直に報告し,システムを廃棄する」よう情報システム部門長へ勧めた。しかし,F事業所では誰も動かなかったようだ。

 そのうち予期した通り,恐ろしいことが起きた。トップが,システムのバージョンアップを要求してきたのだ。業績の芳しくない部署について,フォローアップの頻度を月次から週次にすること,管理単位を課一本ではなく係単位に細分化することである。さらに,こんな難しいことができるのだから,事業所内すべての会議にこのシステムを適用しろというものだった。実際,F事業所は最も難しい会議からシステムを適用したことになっていた。

 情報システム部門長は,「今となってはトコトン表面を取り繕い続けるしかない」と悲壮な覚悟を固めている。

 こんな馬鹿げたことが跋扈(ばっこ)していないか。トップは気づかなければならないし,関係者は実態を暴露して,無駄なシステムを止めなければならない。他山の石としたい。

 もっとも,F事業所がそんな無駄なことができるのは,人手が余っているということでもある。少数精鋭の企業なら,そもそもそんな事態に陥ることを最初から必死で拒否するだろう。


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■増岡 直二郎 (ますおか なおじろう)

【略歴】
小樽商科大学卒業後,日立製作所・八木アンテナなどの幹部を歴任。事業企画から製造,情報システム,営業など幅広く経験。現在は,nao IT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。

【主な著書】
『IT導入は企業を危うくする』,『迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件』(いずれも洋泉社)

【連絡先】
nao-it@keh.biglobe.ne.jp