日本の地上デジタル放送の規格。Integrated Services Digital Broadcasting-Terrestrialの略である。

 ISDB-Tの最大の特徴は,13セグメント構造を持つことで,セグメント単位で伝送パラメータ(各搬送波の変調方式など)を設定できる点である。変調方式の組み合わせは最大3 種類(3階層)である。

 ISDB-Tでは,帯域幅約429kHzを1単位とし,13個のセグメントを組み合わせた帯域幅(約5.75MHz)を一つのチャンネルに割り当てている。この13セグメントのうち,12セグメントを使って固定受信端末向けサービスを提供する。こちらの変調方式は64QAMである。さらに残り1セグメントでは携帯端末向けサービス(ワンセグ・サービス)を提供する。変調方式はQPSKである(第1回 携帯端末向け地上デジタルテレビ放送「ワンセグ」のしくみと特徴図1 地上デジタル放送のしくみ参照)。

 ISDB-Tは,マルチパス妨害対策のため,多重方式にOFDM(orthogonal frequency division multiplex:直交周波数分割多重)を採用している。OFDMは情報を分割し,直交関係にある複数の搬送波で変調し伝送する方式である。

 地上波放送は衛星放送と異なり,ビルなどの建物からの反射によって生じるマルチパス(遅延波)妨害が発生する。マルチパス妨害とは,アナログ放送におけるゴースト妨害である。OFDMは信号の劣化を招かずに復調できるため,マルチパス妨害に強い特徴がある。そのため,主波以外をマルチパスとして取り扱うことにより,エリアが隣接する場所において,同一周波数による再送中継が可能なSFN(single frequency network:単一周波数ネットワーク)方式が可能となり,周波数を有効利用することができる。

 13セグメント構造を採用したISDB-Tは,携帯機器向けのワンセグ・サービスを一つのチャンネル内で共存して提供できる。さらに,家庭における固定受信だけではなく,自動車などの移動受信,携帯機器の受信や移動体受信時の電波の瞬断なども考慮して規格が定められている。一方,ISDB-Tと同じようにOFDM方式を採用するヨーロッパのDVB-T方式では,固定受信端末向けサービスと携帯端末向けサービスを一つのチャンネル内で共存させられない。

 ISDB-Tは2006年6月22日,ブラジルの地上デジタル放送の伝送規格として,正式に採用された。日本の方式が国外で採用されたのはこれが初めてである。周波数帯域をセグメントに分割して携帯向け地上デジタル放送(ワンセグ放送)ができる点と,北米のATSC方式よりも伝送帯域が大きいことが支持された。

 地上デジタル放送方式には,日本方式のISDB-T以外に欧州のDVB-Tと北米のATSCがある(表1)。特にDVB-Tは世界の多くの国が採用している(DVB-T採用諸国MAP(DVB.org)参照)。南米最大の経済大国であるブラジルが日本の規格を採用したことから,他の南米諸国での採用に期待する声も高い。

表1 日欧米のデジタル放送方式比較
  ISDB-T DVB-T
(digital Audio Broadcasting)
ATSC
(In-Band On-Channel)
国,地域 日本 欧州 北米
標準化団体 ARIB DVB(ETSI) ATSC
映像符号化方式 MPEG-2 MPEG-2 MPEG-2
音声符号化方式 MPEG-2 AAC MPEG-2 Audio Layer II ドルビー AC-3
多重化方式 MPEG-2システム MPEG-2システム MPEG-2システム
伝送方式 OFDM(マルチキャリア) COFDM *1(マルチキャリア) シングルキャリア
変調方式 DQPSK,QPSK, 16QAM, 64QAM DQPSK,QPSK, 16QAM, 64QAM 8-VSB *2
伝送ビットレート 23Mbps 31Mbps 19Mbps
チャネル帯域 6MHz 6/7/8MHz 6MHz
セグメント運用 階層ごとに変調方式を指定 不可 不可
移動体向け放送 可能(1セグメントを使用) 可能(1チャンネルを使用) 不可
採用地域 日本,ブラジル 欧州各国,オーストラリア,南アフリカ,インド 北米,大韓民国,メキシコ
*1 COFDM(Coded orthogonal frequency division multiplexing):DVB 委員会によって,デジタル地上波放送テレビ用に選択された変調方式
*2 VSB(Vestigial sideband):残留側波帯。米国のATSCが選択したデジタル放送の伝送方式

■変更履歴
表1の中でATSCのチャネル帯域が「8MHz」とありましたが,「6MHz」に訂正しました[2006/07/12 11:58]