図5 キユーピーにおける工場内トレーサビリティ・システムの概要<BR>工程管理システムにおいて,各工程で記録した情報を工程間で関連付けて管理することで,トレーサビリティを実現している
図5 キユーピーにおける工場内トレーサビリティ・システムの概要<BR>工程管理システムにおいて,各工程で記録した情報を工程間で関連付けて管理することで,トレーサビリティを実現している
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 ここまでトレーサビリティの概念やシステムについて説明してきたが,「抽象的な解説ばかりでイメージをつかめない」と思う読者もいるかもしれない。そこで具体的な処理の流れを理解していただくために,食品メーカーであるキユーピーのトレーサビリティ・システムについて詳しく見ていくことにしよう(図5[拡大表示])。

 キユーピーのトレーサビリティ・システムは,工場の工程管理システムを機能強化したもので,(1)原材料の検収,(2)原材料の計量・小分け,(3)製造ライン(タンク)への原材料の投入といった主要な工程ごとに,情報を収集していく。

 (1)の原材料の検収とは,上白糖や薄力粉などの原材料が入った大袋を入荷する作業を指す。大袋には,大袋ごとのID,メーカー名,品種,重量,製造日,使用期限日などの情報が入ったバーコードを印刷しており,作業者は原材料の入荷時に,自分の従業員証と大袋のバーコードをそれぞれリーダーで読み取る。これにより作業者名,作業時刻,入荷した原材料の情報がサーバーに登録される。

 (2)の原材料の計量・小分けは,原材料の大袋から決められた量だけ小分け袋に分ける作業を指す。小分け袋にも,あらかじめ「どの原材料を何グラム抜き取るのか」という作業指示と小分け袋のIDが入ったバーコードを印刷しておく。作業者は小分け袋,大袋,従業員証,計量器の4つのバーコードをリーダーで読み込んだうえで,小分け作業を行う。これで,「誰がいつどの原材料を何グラム小分けしたか」,「そのときに使った計量器はどれか」といった小分け作業の履歴情報がサーバーに登録される。

 同様に,製造ラインへの原材料の投入では,小分け袋,従業員証,製造ラインのバーコードを読み込む。この際には「どの製造ラインで誰がいつどの小分け袋の原材料を投入したか」という投入作業の履歴情報がサーバーに登録される。

 このように,各工程ごとに作業者が原材料の袋や機器,自分の従業員証のバーコードを読み込むことで,モノのIDと履歴情報を関連付けて蓄積していく。さらに最終的に出来上がった製品にはID代わりとして,1つひとつに製造ライン番号と製造時刻(年月日時分)を印字する。

コールセンターで原材料追跡

 キユーピーがトレーサビリティ・システムを構築した目的は,主に2つある。1つ目は,消費者からコールセンターに製品に関する問い合わせやクレームがあったときに,「どの製造ラインでいつ作ったのか」,「どんな原材料を使ったのか」,「作業を担当したのは誰か」を素早く調べることだ。これはトレースバックに該当する。

 2つ目の目的は,原材料の配合を間違えたり異物が混入するといったトラブルが起きたときに,すでに完成した製品のうちどれを廃棄すべきかを,正確に素早く判断することだ。従来は原材料に問題が見つかると,それがどの製品に使われたかが大ざっぱにしか分からず,「その日の製造品すべてを廃棄することも少なくなかった」(トレーサビリティ・システムの開発で中心的な役割を果たしたキユーピーの高山勇・技術開発部長)。こちらはトレースフォワードに当たる。

 このうち1つ目のトレースバックの手順を説明しよう。消費者からクレームが来たときには,次のようにして製品ごとの履歴を追跡する(図5参照)。まず製品に印字された製造ライン番号から,使用した製造ラインが分かる。同じく製品に印字された製造時刻を基に,原材料の投入時刻を推定する。原材料を投入してから製品になるまでのリードタイムは経験則として分かっている。そこで,印字された製造時刻からリードタイムだけさかのぼればよい。投入時刻が分かったら,投入作業の履歴情報を基に小分け袋を特定する。さらに小分け作業の履歴情報から小分け袋の元になった原材料の大袋が分かる,という具合だ。

 問題のある原材料がどの製品に使われたかを調べるトレースフォワードも,逆の手順で可能である。

 キユーピーは現在,佐賀県の鳥栖工場にこのトレーサビリティ・システムを導入しており,ベビーフード製品に適用している。「これからマヨネーズなどの他製品にも横展開していく計画」(高山部長)だ。すべて自社開発したこともあり,バーコードのプリンタやリーダーなどのハードを含めて,一工場当たりの導入コストは約3000万円に収めている。

(中山 秀夫)

次回に続く