通信事業者の次世代IP網の基盤技術「NGN」(next generation network)の標準化活動が活発化している。NGNは電話網の“次”のネットワークの最有力。複数のSIP サーバーで固定と移動体を一つのネットワークに収容する。端末間の品質保証も実現する。

 電話網のIP化を支える次世代ネットワークの基盤技術が「NGN」だ。従来の電話網で提供してきたサービスはもちろん,IP電話やテレビ会議などの新しいサービスも柔軟に提供できる,様々なサービスのベースになる統合IP網である。

 NGNの標準化活動は,欧州の標準化団体「ETSI*1」のNGNプロジェクト「TISPAN」と,国連の標準化機関「ITU-T*2」の「FGNGN」(Focus Group on Next Generation Networks)で活発に行われている。各団体では,ネットワークの転送機能やサービスの制御方法,ネットワークにつながる端末やアプリケーション,他事業者網との相互接続などを規格化する。

 電話網のIP化において標準化は極めて重要だ。様々な通信事業者が電話網をIP化したときに,IPのレベルで相互接続できなければ,違う事業者間で通話できなくなってしまうからだ。

 通信事業者は既にIP化に向けて動き出しているため,一刻も早く標準化することが,将来の電話の相互接続性の維持には不可欠である。このため各標準化団体はいずれも,2006~2007年ころを目標に規格化を進めている。本記事では,ITU-TのFGNGNが規格化しようとしている仕様に焦点を当てて解説する。

最終目標はユビキタス・サービスの提供

 NGNを一言でいえば,IPをベースにマルチメディアなど幅広いサービスを提供するネットワーク基盤である。さらに固定系の通信だけでなく移動体にも対応する。サービスの一例を挙げるならば,ブロードバンド回線を使ったテレビ電話。映像や音声の品質を保証する。端末はパソコンでも携帯電話でもいい。また,インターネットとは異なり,通信事業者がセキュリティを確保する。

 ITU-TではNGNを,勧告「Y.2001」で五つの項目で定義している(図1)。第一に,NGNとはブロードバンド・アクセスと大容量のコア・ネットワークを組み合わせ,エンド・ツー・エンドのQoS*3を保証できるネットワークである。つまり,端末間での品質保証ができるインフラということだ。ここでいうブロードバンド・アクセスとは固定系のADSL(asymmetric digital subscriber line) やFTTH(fiber to the home)だけでなく,無線LANアクセスや携帯電話などでもいい。

図1 NGNの定義ITU-Tでは勧告「Y.2001」でNGNを5項目で説明している。 [画像のクリックで拡大表示]

 第2に,パケット・ベースのネットワークであること。実質的にはIPを使うが,レイヤー2スイッチングのような他のパケット交換技術も標準化の範囲に入っている。現在,通信事業者はサービスごとに複数のネットワークを運用しているが,NGNは複数のサービスを提供できる統合ネットワークである。

 第3に,パケットの転送機能と,サービスの制御機能を分離したネットワークである。パケットの転送にIP以外の技術を使っても,上位の制御機能には影響を与えない。第4に,他事業者との相互接続を実現すること。これは各国の規制当局が推進しているアンバンドル規制*4を意識したものだ。

 最後が移動性の提供だ。具体的には,異なる事業者に接続したときにも同じサービスが使える「ローミング」と,異なる通信方式の間を渡り歩く「ハンドオーバー」を実現することにある。最終目標は,ユビキタス・サービスの提供である。

従来型電話サービスの提供形態は2通り

 将来,NGNでの提供が見込まれるサービスの数は膨大だ。そこでITU-Tは,最優先で必要となるサービスを抽出。その実現方法とともに,真っ先に検討すべきものを「リリース1」とした。

 リリース1に盛り込まれたサービスは,大きく5種類に分類できる(表1)。まず第1に既存の電話網で提供してきた固定電話や着信転送,3者通話など,電話交換機の機能で実現してきたサービスやISDNによるデータ通信などである。これは提供方法によって,さらに「PSTN/ISDN・エミュレーション・サービス」と「PSTN/ISDN・シミュレーション・サービス」の二つに分かれる。

表1 NGN上で提供するサービスITU-TではNGN上で最優先で提供すると想定しているサービスを抽出した。 [画像のクリックで拡大表示]

 エミュレーション・サービスは,電話網でのサービスを完全に再現する方法で,ユーザーに提供するインタフェースなども一切変更がない。つまり,ユーザーにとってはIP網に切り替わったことを全く意識せずに使えるサービスだ。一方のシミュレーション・サービスは,ユーザーに提供するインタフェースはIPになる。ユーザーはアダプタを使って従来の電話機を接続するか,IP用の電話機を接続する。またシミュレーションでは,電話網で提供してきたサービスのすべてをそのまま継承するわけではなく,大多数のユーザーが必要とするサービスだけを再現する。

 電話網をNGNベースのIP網に変える場合,エミュレーションとシミュレーションのどちらを使うかは,その国のブロードバンド普及率や電話交換機の老朽化の具合によって異なる。日本や韓国のようにブロードバンド普及率が非常に高い国では,ユーザー自身がブロードバンド回線を選択することで「自らの意志でNGNにつなぎ変えた」と意識する。既存の電話交換機が提供しているサービスを完全に継承することは,IP電話やソフトフォンのような新たな端末の形態になじまない。こうした国々では,シミュレーションが適している。

 一方,欧州などでは,ユーザーのブロードバンド化を待たずに,通信事業者の老朽化した電話交換機をIP系の機器に変えることになる。この場合,通信事業者は,ユーザーに気付かれることなくNGNに移行しなければならないので,エミュレーション・サービスが不可欠になるわけだ。