今回は,嗚呼,こういう『コストの考え方』もあるのか,という話です。

 過日,小売業として,と~っても有名な上場企業の基幹システムを拝見する機会がありました(注1)。販売管理や在庫管理などを行なうための,いわゆるPOS(販売時点情報管理)システムというヤツです。開発費用だけでも,ン億円を投じたとか。しかし,ITの名の下にシステムがどんなに進化しようとも,小売業のビジネス・モデルが『富山の薬売り』であることに変わりはないんですよねぇ,と言い残して帰ってきました。

「タカダ先生,大丈夫ですか? そんなことを言って。あとで,会社から訴えられても知らないですよ」
辛口のコメントは,役員のみなさん,ご承知の上ですから。

 さて,その『富山の薬売り』とは,赤い薬箱を各家庭に配置しておき,富山の商人が1年に1回,各家庭を訪れて,消費された薬の代金だけを回収するというものです。本来であれば,あらゆる病気を想定して,各家庭で薬を丸ごと買い揃えておくほうがいい。しかし,それではほとんどの薬が死蔵されて,無駄な出費となるケースが多い。

「そういえば,わが社は健保組合から一括して買っていますが,いざ使おうとするときは期限切れの薬が多いですね。ムダな出費の典型かも」

 富山の置き薬は,ムダ遣いのリスクを売り手である商人に転嫁させることによって,家庭にムダなコストを発生させない仕組みです。これを現在の製造業の生産工程に当てはめたのが『消化仕入れ』であり,小売業であれば『売り上げ仕入れ』と呼ばれます。その業界に関係していなければ,意味不明の隠語の典型です。

 今回は小売業の『売り上げ仕入れ』のケースで,コストがどのように扱われているのかを見てみましょう。

 メーカーや卸売業者が,小売業者(百貨店やスーパーマーケットなど)に対して,「店頭に置いてください」と新しい商品を売り込んだとします。小売業者の側が『買い取り制』を採用している場合,小売業者は売れ残りのリスク(廃棄コストなど)を抱えることになります。
 そこで,小売業者の側ではこのリスクを回避するために「とりあえずお預かりして店頭に並べておきますよ」という扱いにします。店頭で顧客に販売できたらそれと同時に仕入れを計上し,売れ残ったらメーカーや卸売業者へ引き取ってもらう。小売業者としては売れただけを仕入れたことになり,売れ残ったリスクはメーカーなどに転嫁させることができる。こうした仕組みは『富山の置き薬』とまったく同じです。アパレルメーカーと百貨店との間の取引がその典型例です。

 百貨店のショーケースはいつも華やかですが,その中味はアパレルからの預り品(会計上は積送品)であり,フロアにいる店員は百貨店の正社員ではなく,アパレルからの派遣社員で占められています。そして,顧客が店頭で商品を購入し,店員がレジに売り上げを入力したときに初めて,百貨店では仕入れと売り上げを同時に処理します。

 こうした取引がいまだに採用されているのは,小売業者と,メーカー&卸売業者それぞれの利害が一致しているからです。『売り上げ仕入れ』は,小売業者にとって在庫管理責任の問題はあるものの,売れ残りを心配する必要がありません。棚卸減耗損や在庫運転資金に悩まされることもありませんし,顧客に対する債権管理から解放され,貸倒損失の恐れもない。つまり,小売業者としては,管理コストを最小限に抑えられるのです。
 アパレルの側のメリットとしては,販売価格の決定権をアパレル側が握ることによって,店頭での値崩れを阻止できる点があげられます。コスト削減に胃を痛めることなく,一定の利幅を確保できる。また,不人気商品でも店頭に並べることができます。小売業者が買い取り制を採用している場合は,売れ筋商品しか買い取ってくれませんからね。

「双方にとってコスト管理を気にする必要がなく,いいことづくめじゃないですか」
そうでしょうか。デメリットのほうが大きいと思いますよ。

 実際問題として『売り上げ仕入れ』は,売上高&仕入高の計上時期を恣意的に操作できること,在庫がオフバランス(簿外処理)になることなどの問題があります。また,小売業者の会計処理として,手数料収入だけをネット計上すべきであるにもかかわらず,グロスで売上高を計上しているのは『張り子の虎』もいいところ。最終消費者である顧客側の視点が欠けているのも大きな問題です。

 こうした商慣習がいまでも存続している背景には,小売業者の側に,売上高至上主義への見栄と甘えの構造が見え隠れします。グロスで売上高を計上すれば一流に見えるし,売上高が膨らめばいかなるコストも飲み込んでしまえると。なるほど,見方によっては,コストに対するこういう考え方もあるのかと。

「そうした話,小売業の役員の方々にしたのですか?」
しましたよ。というか,『売り上げ仕入れ制』から『買い取り制』へ移行する場合の,コスト管理の手法についてレポートを提出してきました。この夏から,レポートに基づいた実践指導が始まります。

「なんとまぁ,'あの企業'に飛び込んで火中の栗を拾うんですか。ご苦労なことで。ところで,タカダ先生が大事そうに抱えている,その赤い箱は何ですか? ま,まさか……」
帰り際に秘書室からいただいたものです。箱の中は『イタリアの焼き栗』でしたよ。こいつがまた,ウマイんだな。

(注)今回のコラムは事前に,当該上場企業の取締役会の承認を受けております。関係者の方々,ありがとうございました


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/