近藤則子氏写真
近藤 則子(こんどう・のりこ)

ICS研究会・老テク研究会事務局長/早稲田大学国際情報通信研究センター加納研究室客員研究員

米国マウントアイダカレッジ教養学部卒。国際シンポジウム開催等を通じ米国、韓国における高齢者のパソコン学習を支援する非営利活動を紹介し、日本各地のシニアネット創設や国内外の相互交流に関わってきた。1995年から総務省情報通信政策局研究会委員として政策提言。電子情報通信学会、遠隔医療学会会員。

 電話リレーサービスとは、耳が聞こえない、あるいは言葉が不自由などの理由で電話コミュニケーションが困難な利用者のために人間のオペレーターが介在して即時双方向の会話を文字や手話などで中継支援する福祉情報サービスだ。1960年代に米国でTTY(文字通信用端末)が開発され、欧米諸国やオーストラリアなどでは聴覚障害者のための情報福祉政策として普及している。

オーストラリアのTTYサービスのサイト。 携帯電話を利用する電話リレーサービスを紹介
するニュース記事(英国)
オーストラリアのTTYサービスのサイト。 携帯電話を利用する電話リレーサービスを紹介 するニュース記事(英国)。

 米国ではTTY(Teletype)とよばれる文字通信専用端末同士で文字による通信(パソコンチャットのようなもの)ができるほか、専用の電話番号「711」に電話をすれば、オペレーターが聴覚・言語障害者と相手方との通話を中継支援している。TTYのキーボードで打った文字をオペレーターは相手方に声で伝え、相手方の音声メッセージをTTY利用者に文字で外国語の逐次通訳のように伝えるのである。リレーサービスを運営する費用は、サーチャージ(surcharge)という電話サービス利用者全員が少しづつ負担する基金である。2002年のカリフォルニア州のDDTP(Deaf and Disabled Telecommunications Program)報告書によれば収入は約5000万ドル(約60億円)。3600万人の州民が1年間にひとりあたり約1.4ドル(約160円)負担していることになる。

■TTY(あるいは文字通信)での緊急通報も可能

 米国では市役所や学校、図書館、病院といった公共性の高い施設や交通、放送通信サービスはもちろんのこと、企業の問い合わせ窓口にはほとんどファクスと電話番号のとなりにTTYの番号が掲載されていて、通信販売やパソコンのオンラインサポートも文字電話(または文字電話からのリレーサービス)で利用できる。メールと違うのは双方が電話やパソコンチャットのようにネット上で待機しているので迅速に情報入手ができる点。米国ではTTYが公共分野を始め様々な分野に浸透しており、緊急通報も可能となっている。こうしたTTYの浸透が、電話リレーサービスが生まれた一因かもしれない。米国を旅行された方は空港や駅にキーボードのついた公衆電話を見た事がないだろうか?それもTTYである。

 日本の110番や119番にあたる米国の緊急通報電話番号「911」や緊急以外の行政コールセンター「311」サービスは、聴覚障害者がリレーサービス用の「711」に申し込むことなく直接ダイヤルするだけで、警察や消防などの公的機関側がTTYで緊急通報に対応している。万一の事故や災害の時に電話が使えないというのは、生命に関わる大問題だ。困るのは聴覚障害者だけではない。彼らと連絡がとりたい家族や地域社会の人たちにとっても切実な問題なのである。

■国際化の進展で広がるリレーサービスの可能性

 カリフォルニア州のリレーサービス提供機関DDTP(The Deaf and Disabled Telecommunications Program)の年次報告書によれば、同機関は2002年に州内だけで前年より20%多い98000台のTTY端末を無償配布し、訪問指導を行う指導員を6000家庭に派遣し、12000人の利用者を指導した。リレーサービス用番号「711」の利用数は年間約700万コール。聴覚障害者からのコールだけではなく、彼らと通話をしたいという健聴者からの利用は毎月13万コールを超えている。高齢化の進展で米国の高齢聴覚障害者が急増しているのだ。聴覚障害者と健聴者との会話だけではなく、英語の話せないヒスパニック系の市民のために英語とスペイン語のためのリレーサービスもある。

 ブロードバンドインターネットの普及で、テレビ電話を使って手話とのリレーサービスも始まった。最近では携帯電話でもリレーサービスが利用できるので、いつでも、どこでも仕事の打ち合わせにリレーサービスが使えるようになった。今後、リレーサービスは高齢難聴者の増加で利用者が増えるだけではなく、国際化の進展で海外とのコミュニケーションも活発となることから、ビジネスの場面でも外国語とのリレーサービスの利用が期待される。福祉サービスという範疇を超えて、新たなビジネスに発展するのではないだろうか。

■米国の難聴者に好評な字幕電話─キャプテル

キャプテル(CapTel)のサイト。
キャプテル(CapTel)のサイト。

 最近、米国では、キーボード操作の苦手な高齢難聴者のためにキャプテル(CapTel)という新しい電話リレーサービスも普及し始めている。

 キャプテルは高齢難聴者のように電話の音声が聞き取りにくいけれど、話すことは問題のない利用者に便利だ。電話機の外見も普通の電話に字幕表示の画面がついているだけなので高齢者がこれまで慣れ親しんできた電話をかける操作と同じ手順で利用できる。

■図1 キャプテルの使い方の流れ
キャプテルの使い方の流れ

 キャプテルの使い方は通常の電話に近いものだ。上の図にあるように

  1. 難聴者であるキャプテル利用者(Aさん)から相手(Bさん)に電話をかける。
  2. Bさんは音声でキャプテル利用者に応答する。
  3. Bさんの話は電話字幕サービスセンターに伝わる。
  4. センターでオペレーターがBさんの声を聞き取りながら復唱すると音声から文字に変換され、ほぼ同時にキャプテルに送信される。
  5. 難聴者のキャプテル電話機にBさんの話す内容が画面に字幕としてほぼ同時に表示される。
という手順で通話することができる。