プロジェクトの失敗を招く大きな要因の1つが「組織の作り方」にある,と言ったらどう思うだろうか。だが,情報伝達がうまくいかない,必要なスキルを持つメンバーを確保できない,といった問題の根はそこにある。プロジェクトを遂行する上で最適な組織体制を決める「組織デザイン」の理論や手順を,具体例も交えて解説する。

 「プロジェクトが失敗する原因の多くは,技術的な問題ではなく,組織と人間の問題にある」――。米国の著名なコンサルタント,トム・デマルコ氏が1987年に記したベストセラー「ピープルウエア~ヤル気こそプロジェクト成功の鍵」の中で警告した有名なメッセージだ。

 情報システムがスケジュール通りに完成しない,あるいは開発コストが予算を大幅に超過する,といったプロジェクト失敗の原因として,開発プロセスやプロジェクトマネジメントの問題,あるいはメンバーの技術スキルの不足が指摘されることが多い。しかしデマルコ氏は,そうした問題の根底には,プロジェクトを遂行するための「組織作り」の問題があると指摘。プロジェクトの特性に応じて,メンバー同士がコミュニケーションを取りやすくする組織を作ることが何よりも重要だ,と説く。

失敗の根底に組織作りの問題


図1 多くのシステム開発プロジェクトに見られる,組織作りに起因する主な問題点
プロジェクトの特性に適した組織作りを怠ると,意思決定を行動に移すまでに時間がかかったり,要件や環境への変化に迅速かつ柔軟に対応できない,といった問題が起きる

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図2 PMBOKにおける組織デザインの位置付け
組織デザインは,PMBOKで定義する9つの知識エリアの1つ「ヒューマンリソース・マネジメント」の一部として位置付けられている

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図3 組織デザインのプロセス
組織デザインのプロセスは5つのフェーズから成り,その中で柱になるのが「目標・戦略の設定」,「組織モデルの決定」,「コミュニケーション・モデルの決定」の3つである

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 実際,システム開発プロジェクトでは,組織作りに起因する様々な問題に直面する可能性がある(図1[拡大表示])。「指示系統があいまいで,意思決定を行動に移すまでに時間がかかる」,「メンバー同士の情報の伝達がうまくいかない」,「要件や環境の変化に迅速かつ柔軟に対応できない」…。こういったことが直接的または間接的な引き金となって,プロジェクトの失敗につながるケースが実に多いのだ。

 最近では,開発期間や予算が厳しく制限される一方で,扱う技術は専門化・高度化している。こうした困難な条件のもとで力を発揮できる技術者を十分に確保するのは難しいだけに,プロジェクト内あるいはプロジェクト間での情報共有やリソース(人・モノ・カネ)の融通を可能にするなど,プロジェクトを遂行する上で最適な組織体制を決める「組織デザイン」が重要となる。

 組織デザインは,プロジェクトマネジメント手法の標準体系「PMBOK(Project Management Body Of Knowledge)」において,9つの知識エリアの1つ「ヒューマンリソース・マネジメント」の中に位置付けられる(図2[拡大表示])。ヒューマンリソース・マネジメントは,(1)組織をデザインし,(2)メンバーを調達し,(3)メンバーを育成する,という3つのステップを踏む。この一連の流れの中で,組織デザインは組織の目標や枠組みを決める最も重要なフェーズと言える。

 ただし,PMBOKではこうした枠組みを示しているだけで,組織デザインを具体的にどのような手順で進めるか,といったことにはいっさい触れていない。そこで本稿では,経営学などで確立している組織デザインの方法論に,システム開発プロジェクトにおける筆者の経験を加味し,組織デザインの基本的な考え方や進め方を解説していく。

目標と戦略の明確化が先決

 組織デザインは5つのフェーズから成る(図3[拡大表示])。「目標・戦略の設定」,「組織モデルの決定」,「コミュニケーション・モデルの決定」,「表彰・報奨プログラムの決定」,そして「人材開発プログラムの決定」である。最初の3つが組織デザインの中核であり,残り2つはこれを補強するものである。

 第1のフェーズである「目標・戦略の設定」は,組織作りの方向性を明確化することが目的だ。これがあいまいでは,最適な組織デザインは望めない。プロジェクトに参加するメンバー全員が目標と戦略を理解し共有することが重要になる。

 目標はさらに「組織全体の目標」と,「オペレーション上の目標」の2つに分けることができる。

 前者は「ミッション」とも呼び,組織全体で共有しなければならないビジョンや価値観などを指す。例えば「5年後も通用する情報システムを構築する」,「消費者が必要とする商品を,低価格で素早く提供できるEC(電子商取引)サイトを開設する」などがこれに当たる。

 一方,オペレーション上の目標は,測定可能な指標を用いた,より具体的な目標である。例えば,「3カ月の短期開発を実現する」,「オフショア開発によって,開発コストを15%削減する」などがオペレーション上の目標になる。

 これらの目標を達成するための基本的な考え方や手段を示したものが「戦略」である。開発方針や開発方法論,適用する技術,外注先の選定などが該当する。実際のシステム開発では,戦略が十分に意識されないままプロジェクトが遂行されるケースが多いが,これでは目標を達成できなかったり,目標達成に時間がかかる。組織デザインには,目標に応じた戦略の設定が不可欠である。

 例えば,顧客の要求が品質やコストよりも納期にあったとしよう。この場合は短期開発を最優先し,「同様のプロジェクト経験を持つメンバーを集める」とか,「開発生産性を高めるために最適なフレームワークを採用する」といった戦略を立てる。

 開発したシステムの機能の一部をコンポーネント化し,外販するという目標に対しては,「コスト削減よりも,スキルの高い技術者や外注先の確保を優先する」,「再利用性を考慮し,オブジェクト指向の開発手法を導入する」という戦略が考えられる。


伊藤 靖(いとう やすし)/ループス・コミュニケーションズ コンサルティンググループ統括責任者 エバンジェリスト
1960年生まれ。流通系ノンバンクの情報システム部門を経て,複数のITベンチャー企業の立ち上げ,事業開発,経営に携わりながら数多くのプロジェクトを経験。その後,NTTデータなどを経て,ループス・コミュニケーションズに入社し現職 (2006年7月7日更新)

次回に続く