前回の「個人情報漏えい事件を斬る(47):パソコン紛失で発覚した未承認の業務再委託 」では,ITサービス企業のパソコン紛失が委託元ベンダーや医療機関に想定外の衝撃をもたらした事件を取り上げた。今回は,一社の個人情報漏えいが競合他社の個人情報漏えいに広がったケースとして,KDDI恐喝未遂事件を考えてみたい。


Yahoo! BB事件と共通点の多いKDDIの事件への対応

 2006年6月13日,警視庁捜査1課と麹町署は,KDDIのインターネット接続サービスDIONの顧客情報399万6789人分を入手し,同社から現金を脅し取ろうとしたとして,恐喝未遂容疑で職業不詳の容疑者2名を逮捕した。同日のKDDIの発表によると,流出したのは,2003年12月18日までにDIONに申し込んだユーザーの氏名,住所,連絡先電話番号などである。KDDIは情報流出が確認された顧客に対し,お詫びのメール,文書を送付した(「お客様情報の流出に関するおしらせ 」参照)。

 この事件に関する報道内容を見ると,「個人情報漏えい事件を斬る(44):金券500円で済まなかったYahoo! BBの民事責任 」で取り上げた,Yahoo! BBの顧客情報漏えい事件との共通点が多い。2004年当時のソフトバンクBBは,事件発覚後に社内委員会を設置して,二次流出の防止とデータの悪用防止のため捜査当局に全面的に協力した。再発防止対策を講じて,会社としての説明責任を明確化すると同時に,Yahoo! BB 全会員に対し,情報流出の有無に関わらず500円相当の金券を送付するなどした(「お客様情報流出問題に関する,現時点までの調査結果と今後の対策について 」参照)。それでも納得しない一部の会員らが民事訴訟を提起し,2006年5月19日に大阪地方裁判所から賠償命令が出されたところだ。

 全ユーザーに対して金券を送付するかどうかは別にして,KDDIも,捜査の経緯を見守りながら,Yahoo! BB事件当時のソフトバンクBBと同じようなプロセスで個人情報保護対策の見直しを進めることになるだろう。


なぜかライバル会社が相次いで謝罪する事態に

 KDDIのインターネット接続サービスで起きた個人情報漏えいは,意外なところに飛び火した。同社の小野寺社長は,6月21日の定例会見で,KDDIのIP電話サービスを利用していた他のISP(インターネット・サービス・プロバイダ)ユーザーの氏名,住所,連絡先電話番号,連絡先メールアドレスを含む個人情報1892人分と,ネット上の決済代行サービス「PayCounter」やECサイト構築支援サービス「e*Tempo」を提供していた法人997社の情報が,流出した顧客情報に含まれていたことを公表したのである。

 これを受けて,ニフティ(会員895人分が流出,「KDDIお客様情報流出について 」参照),NTTデータ三洋システム(SANNET会員190人分が流出,「KDDIお客様情報流出について 」参照),日本テレコム(JENS SpinNet会員645人分,「お客様情報の流出について 」参照)など,本来DIONの競争相手であるISPが,相次いで謝罪を発表した。個人情報によって企業の説明責任がつながっていたのである。KDDIの事件で,なぜかNTTグループやソフトバンクグループの会社まで謝るはめになったのだ。


企業と消費者の間に広がる「認識の溝」

 国民生活センターが今年の6月7日に公表した「個人情報保護法施行後1年間の相談概要について 」によると,2005年4月から2006年3月にかけて全国の個人情報相談窓口に寄せられた相談件数1万4154件のうち,「情報通信」分野が1,901件(14.8%),「金融・信用」分野が1,562件(12.1%)となっている。以前「個人情報漏えい事件を斬る(5):「金融・信用」と「情報通信」で目立つ個人情報相談 」で取り上げた時点(2005年4-6月分)では,「金融・信用」(92件,17.3%),「情報通信」(89件,16.7%)だったから,「情報通信」分野の個人情報に関する相談が相対的に増えたことがわかる。「パーミッション」さえ得ればという通信事業者と「インフォームドコンセント」を求める消費者に,認識の溝が広がりつつあるのかもしれない。

 KDDIのような事件が発覚した後に,突然知らない業者から,インターネットサービスに関する電話勧誘やDMが来たら,不安に感じる消費者は少なくないはずだ。かなり深刻な問題である。

 次回は,外部サーバーからの個人情報漏えいについて考えてみたい。


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■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディンググループマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/