症状が改善してくると,いよいよ職場復帰だが,筆者の経験では,この段階が最も慎重を要する。最初の復職がうまくいくかどうかが,今後の再発予防のカギになるからだ。さらに,うつ病は治りかけのときに自殺の危険性が高まることも知っておいて欲しい。

 にもかかわらず,拙速に復職させて,かえって症状を悪化させるケースが多い。最も典型的なのは,復職できるほど症状が良くなっていないにもかかわらず,部下自身が復職を申し出てくるケースだ。上司としては待ちに待った復職だが,安易に申し出を承諾してはならない。

 必ず主治医の診断書を本人に提出させ,主治医が復職を認めていることを確認したうえで承諾するべきである。本人の了解を取って,主治医に意見を聞くのも良い方法だ。産業医やカウンセラーなどの産業保健スタッフが社内にいる場合,産業保健スタッフとともに本人を交えて復職の計画を立てるのが望ましい。

根気よく回復を待つ

 実際に職場復帰となっても,最初から以前と同じ戦力になることを期待してはならない。まずは毎日,会社に来ることが目標になる。仕事は当面,データの集計や文章の校正などの単純な作業にとどめる。もちろん残業はさせない。

 復職してから数年は,良くなったり,悪くなったりを繰り返しながら快方に向かっていく。上司としてはやきもきさせられるが,辛抱強く回復を待つ必要がある。残業させられるようになるのは何年か先と考えるべきだ。

 仕事量を増やすときには,「様子を見ながら少しずつ」が原則である。その際,可能であれば本人の許可を取ったうえで主治医と相談する。

 病状が良くなってくると,安心した上司が「もう薬は飲まなくていいだろう」,「もう通院する必要はないんじゃないか」と言ってしまうことがある。実は,これは禁句だ。部下がその気になって通院や薬物療法を止めると,高い確率で再発につながりやすい。

 職場復帰後は,以前に比べると能力が落ちる傾向がある。きつい仕事に対して逃げ腰になっているように感じることもあるかもしれない。上司としてはイライラするかもしれないが,うつ病の症状や薬の副作用の表れと考えて欲しい。

 部下がうつ病になると,上司は極めてつらい立場に追い込まれる。もともと人員の余裕などない中で優秀な部下が第一線から長期離脱しても,回復を辛抱強く待つしかないからだ。休養した部下の仕事のしわ寄せから,上司やほかの部下が連鎖的にうつ病になるケースもある。そうならないためにも,部下のメンタルヘルスに日ごろから気を配り,うつ病を予防することが極めて重要になることを,最後に強調しておきたい。


菊地 章彦/臨床心理士 日本産業精神保健学会常任理事 ヒューマンリエゾン社長
中央大学文学部教育学専攻心理学専修卒,筑波大学大学院教育研究科修士課程(カウンセリング)修了。25年間にわたり大手通信会社のカウンセラーを務めたのち,1998年にヒューマンリエゾンを設立。大手電機メーカーなどのカウンセラーを務めつつ,個人向けにもカウンセリングを行っている。日本におけるカウンセラーの草分け的な存在。日本産業精神保健学会・常任理事,産業カウンセリング学会・理事