今回はいろんな意味で話題のWinny(ウイニー)について,ちょっと考えてみたいと思います。Winnyに関してはITproでも多くの関連記事が書かれています。ここでは,さまざまな記事や多くの方々の意見を見聞きして整理した私の意見を述べたいと思います。

Winnyがもたらすトラフィックの問題

 ぷららが5月に実施しようとした「Winnyのトラフィックを停止する」という措置に対して,総務省から「待った!」がかかったことは記憶に新しいと思います。ITproでも紹介されています。

 ぷららがやろうとした行為は,通信事業法における「通信の秘密」や「検閲の禁止」など,さまざまな観点で語られるべき問題だと考えます。ただし,それだけではありません。この問題の根底には,もう一つ別の問題があります。それは,「増え過ぎたインターネットのトラフィックをどうにかしたい」という,差し迫った問題です。

インターネットの帯域を食うP2Pアプリケーション

 増大するインターネット・トラフィックにかかわる興味深いデータとして,SIGCOMMという学会で国立情報学研究所の福田さんらが発表した論文『The Impact of Residential Broadband Traffic on Japanese ISP Backbones』があります。この論文で注目したいのは,ユーザー別のトラフィック分布です。要約すると,「国内におけるインターネット全体の99%のトラフィックは,約4%の特定のユーザーによって産み出されている」というのです。

 もう少し詳しく説明しましょう。現在,国内のインターネット・バックボーンを流れる全トラフィック量(通信量)は1日約485Gバイトになります。このトラフィックのほとんどが,わずか4%の特定ユーザーによって産み出されています。そして,残りの96%のユーザーが産み出すすべてのトラフィックを合算しても,2.5Gバイト(全体の1%未満)にしかならないのです。

 このように大半のインターネット・トラフィックは一部の特定ユーザーが産み出しています。彼らの代表的なアプリケーションは,ユーザー間で直接通信するP2Pアプリケーションです。P2Pアプリケーションの具体的な通信量は,インターネットの通信量全体の約62%にも上ります。そしてWinnyは,このP2Pアプリケーションの仲間です。

 ちなみに,このようなファイル交換アプリケーションとしてはWinnyが有名ですが,過去にはNapstarやWinMXといった技術もインターネット・ユーザーの注目を集めました。最近ではShareといった新しいタイプも使われ始めているようです。今回のWinny問題はWinnyだけにとどまらず,これらのファイル交換アプリケーション全体に関する問題といえるでしょう。

バックボーン回線の増強はほぼ日課状態

 ファイル交換アプリケーションの爆発的な普及は,他のインターネット電話やビデオチャットの普及によるトラフィックの増大と合わさって,インターネット・バックボーンに485Gバイトというとてつもないトラフィックを発生させています。プロバイダの料金競争でインターネット・サービスが安くなったことも後押しして,インターネット・トラフィックは日々増加し続けています。このため,プロバイダのバックボーン回線の増強作業は日課のようになっています。

図 日本のインターネット・トラフィックの増加率は年37%
測定対象は日本の全トラフィックの約40%なので,測定値195Gバイトを100%に伸張すると約485Gバイトになるのがわかります。ACM SIGCOMM『The Impact of Residential Broadband Traffic on Japanese ISP Backbones』より抜粋。

 この回線増強はバックボーンのコストに直接的な影響を与えます。それに加えて,場所によっては必要な帯域を確保できない,つまり転送させたいデータ量に見合う回線を確保できないという事態を引き起こすこともあります。こうなると,大量のトラフィックによって通信が滞ってしまう危険性が出てきます。

 今はインターネットが多くの人々の日常に入り込んでいるので,Webやメールは欠かせないツールになっています。ここに影響が及ぶことはインフラ化したインターネットではあってはならないことです。つまり,先に紹介した「96%のユーザーの通信」に影響を与える事態は,プロバイダにとって何が何でも避けなくてはならないことです。

ユーザーが選択できるかどうかがポイント

 このようなことを総合的に考えると,今後はプロバイダごとに「利用者がサービスを選べる」という格好になることこそが重要ではないかと,私は考えています。「利用者が選べる」というのは,「私はメールとWebしかしないので,それに遜色がなければ安い方がいい」とか,「私はいろんなことをしたいので,インターネットのフルサービスがほしい」といった選択ができることです。

 現在のインターネット接続サービスは横並び均一ですが,これだけインターネットが普及した段階では,フルサービスを提供する必要性はあまり無いのかも知れません。むしろ,「選択できること」こそが重要だと私は思うのです。

■近藤 邦昭(こんどう くにあき)

日本ネットワーク・オペレーターズ・グループ(JANOG)の会長。1970年北海道生まれ。神奈川工科大学・情報工学科修了。1992年に某ソフトハウスに入社。主に通信系ソフトウエアの設計・開発に従事。1995年,株式会社ドリーム・トレイン・インターネットに入社し,バックボーン・ネットワークの設計を行う。1997年,株式会社インターネットイニシアティブに入社,BGP4の監視・運用ツールの作成,新規プロトコル開発を行う。2002年,株式会社インテック・ネットコアに入社。2006年には独立,現在に至る。