「なぜインターネットでテレビの生放送が見られないのか」,「なぜ日本に米タイムワーナーのような巨大メディア企業が存在しないのか」---。竹中平蔵総務大臣は「通信・放送の在り方に関する懇談会」(竹中懇談会)の設立を発表した2005年末にこう繰り返していた(写真1)。
竹中大臣が投げかけた“素朴”な疑問は,通信と放送の融合を一足飛びに進める大改革案を打ち出す前兆ではないかと,通信・放送業界を震撼(しんかん)させた。だが,懇談会が進むにつれ,法体系の見直しや省庁再編といった大テーマは,いつしかなりを潜めていった。
そして6月6日に竹中懇談会がまとめた最終報告書に対しては,通信と放送の融合という大テーマを掲げながら,NTTやNHKの組織問題に終始してしまったとする声も多い。竹中懇談会は周辺からの圧力に負けて,通信と放送の融合を推し進める環境整備まで詰められなかったというのだ。
しかし,最終報告書の文言をよく読むと,その中には竹中懇談会が当初から思い描いていた思惑が結論としてしっかり盛り込まれていることが分かる。
NTT法廃止で日本版タイムワーナーが出現する?
その思惑の一つは,最終報告書のNTT組織改革に向けた提言の中にある。実はこの記述には,日本版タイムワーナーを実現する企業の候補としてNTTを視野に入れている懇談会の意図が透けて見える。
竹中懇談会が描くNTTの組織改革のシナリオはこうだ。まず,ボトルネック性の高いアクセス部門への規制強化を断行し,公正競争を担保する。そして2010年に,NTT法を廃止して持ち株会社とNTT東西地域会社に課せられた業務範囲規制を撤廃。結果として巨大なNTTグループを五つの事業会社に完全資本分離する。
懇談会終了後の会見で,竹中大臣と松原聡座長(東洋大学教授)はたびたび「NTTを普通の会社にする」,「NTTに自由な経営をしてもらう」と発言していた。懇談会の報告書にも,「NTT各社の事業展開の自由度を高めることが必要」と明記した。つまり,アクセス部門を規制する代わりに,2010年にはNTTを現在のNTT法の縛りから解き放とうというのだ。
東西NTTのボトルネック性の解消が前提だが,これまでNTTの事業を制限していたNTT法や業務範囲規制がなくなれば,NTTは他の通信会社やコンテンツ会社と自由に手を結べるようになる。放送局への出資規制もなくなるので,民間放送局と正面切って提携したり,CATV局を買収したりすることも可能になる。まさに竹中大臣の言う「タイムワーナーのような巨大な資本力を持ったメディア企業」が誕生する土壌が整う。つまりNTT法廃止とは,竹中懇談会がNTTの強力な資本力と影響力を十二分に発揮させようと考えた大仕掛けとも読み取れるものなのだ。
通信と放送の縦割り行政を“横割り”に転換
最終報告書にはもう一つ,通信と放送の融合を加速させる抜本的な提案が盛り込んである。それは「2010年までに伝送・プラットフォーム・コンテンツといったレイヤー区分に対応した法体系にすべき」という記述。現状の通信や放送でばらばらの縦割りの法体系から,レイヤーごとの横割りの法体系への移行を提唱している。「省庁再編」といった過激な文言は含んでいないが,この法体系の見直し案は通信と放送の抜本的な改善策になり得る。
現在,通信と放送にかかわる法律は全部で9本。ここに著作権法を加えると10本になる。それぞれに改正を繰り返してきたため,法体系はつぎはぎだらけの状態だ。例えば,IPマルチキャストの扱い。放送法と著作権法で,が「放送」なのか「通信」(公衆自動送信)なのかが分かれている。ここで,レイヤーごとに法体系を新たに整備できれば,これらのズレを是正でき,状況の変化に対応できる速やかな検討体制が築けるはず,というもくろみが垣間見える。
最終報告書に記述されている,IPマルチキャスト放送の著作権法上の位置付けの見直し問題は,今まさに文化庁を中心に進められている(写真2)。だが,総務省で電気通信役務利用放送法が制定され,事業者から見直し要求が出てから,既に4年以上の歳月が経過していることも事実。文化庁が重い腰を上げるまでの4年の間に,ブロードバンドは広く普及し,ユーザーの使い方も激変した。世界各国で新しいビジネスの芽が誕生しているにも関わらず,国内での議論は一向に進まなかった。
それほどまでに通信と放送を取り巻く環境は,強固な縦割り体制になっている。懇談会の提言がどこまで実を結ぶのかは現時点では分からないが,着実な議論が進むきっかけとして期待したい。