マルチキャストとは,特定のグループ全員にデータを一斉配信する通信方式である。送信元で送り出した一つのパケットを,必要な数だけルーターがコピーして送信先に配信する。複数のあて先に同じデータを送る場合に,ネットワークにかかる負荷を大幅に軽減させられる。
代表的な通信方式には,ユニキャスト,ブロードキャスト,マルチキャストの3種類がある。このうち,インターネットでよく使われるユニキャストは,サーバーとクライアントとの間で1対1で通信する方式である。電子メールの送受信,Webサイトの閲覧など,さまざまな用途に使われている。一方,LANにつながっているすべてのコンピュータに一斉にデータを送信する方式がブロードキャストで,LAN上にあるサーバーを探すときなどに使われている。
マルチキャストはユニキャストとブロードキャストの中間の通信方式で,送信元のコンピュータから特定のグループに所属するコンピュータすべてにデータを送る通信方式となる。複数のコンピュータに同じデータを届ける場合に,ユニキャストを使うと送信元のコンピュータからあて先すべてに一つずつパケットを送らなければならない。送出されるパケットはあて先の数に比例して多くなり,回線が混雑したり,送信元のコンピュータに負荷がかかる原因になる。特に動画や音楽など,容量の大きいデータを多数の端末に送る場合の負荷は膨大になる。
ところが,マルチキャストでは送信元のコンピュータが送り出すパケットは一つだけでよい。パケットのあて先はグループを識別するための専用アドレスにする一方,グループに所属するコンピュータは自分が所属しているグループをあらかじめ近くのルーターに登録しておく。送信元までの経路に複数のルーターがある場合は,各ルーターにあて先までの経路が登録される。こうして各ルーターはグループに所属するコンピュータやあて先までの経路を示したリストを作っておく。ルーターはグループあてのパケットを受け取ると,このリストであて先のコンピュータを確認して,あて先の数だけデータをコピーして,各コンピュータに送り出す(図)。
マルチキャストを利用すれば,あて先すべてに同じデータを送る作業は必要なくなる。ルーターにパケットを一つ送れば,あとはルーターがパケット内のデータを必要な数だけコピーして,それぞれに転送してくれるからだ。送信元からあて先までの経路上に流れるパケットは重複しないので,ユニキャストに比べて効率的に通信できる。
マルチキャストは複数のあて先に同じデータを素早く送るのに適している。例えば,複数の支店や営業所に設置してあるサーバーにソフトを一斉に導入するときに,一つ一つユニキャストでデータを送信するよりも,マルチキャストで一斉に送信する方がプログラムのデータをずっと速く届けることができる。また,多地点を結んでコンサートや会議などをライブ中継し映像を同時配信する場合も,ユニキャストだと回線が混雑してしまい事実上使いものにならないが,マルチキャストなら実現できる。
ただし,マルチキャストのサービスを使うには,マルチキャストに対応したルーターが必要になる。これらのルーターでは,グループごとのコンピュータのリストを管理し,必要に応じてパケットに配送経路を構成したり,その経路に従ってデータをコピー・転送したりする。
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●筆者:水野 忠則(みずの ただのり)氏 静岡大学創造科学技術大学院 大学院長・教授。情報処理学会フェロー,監事。現在の研究分野はモバイル&ユビキタス・コンピューティング,情報ネットワークなど。 ●筆者:佐藤 文明(さとう ふみあき)氏 東邦大学理学部情報科学科教授。東北大学大学院工学研究科修了。現在の研究分野は通信ソフトウエアの開発方法,分散処理システムなど。 ●イラストレータ:なかがわ みさこ 日経NETWORK誌掲載のイラストを,創刊号以来担当している。ホームページはhttp://creator-m.com/misako/ |