前回(第7回)まで,時間を中心とした操業度の話をしてきました。これは,コスト計算の世界では各論です。今回は,大所高所から眺めた総論をお話ししましょう。

 コスト計算の世界で人口に膾炙(かいしゃ)した書籍といえば,一橋大学名誉教授・岡本清先生の『原価計算/六訂版』(国元書房)があります。名著というのは,こういう本をいいます。
 ただし,この本は目次や索引まで含めると1000ページを超える超大作です。筆者は職業柄,1年に1回は読むことにしているのですが,読み慣れていても通読するのに3ヵ月を要します。ほら,社長の右手にある書棚にもありますよね。

「いやぁ,このところ第2工場のメッキ不良に振り回されて,本については積ん読(つんどく)状態で申し訳ないです」
ビジネスが優先しますからね。筆者が語る『耳学問』でいいですよ。

 ほとんどの人が,『原価計算』を買ったのはいいが第1章を読むところで終わっているようです。それでいて,コスト管理を得々と語るコンサルタントが多いので,なんだかな,という気分になることがあります。
 似たようなものに,法人税法の学習があげられます。法人税法を学ぼうとすると,第1章は『受取配当等の益金不算入』から始まります。これがちっとも面白くない。第1章で放棄してしまう。
 やっぱりこれではダメだ,と思い直して勉強を再開するのだけれど,テキストを開くとまたもや『受取配当等の益金不算入』から始めなきゃならぬ。また本を閉じるの繰り返し。法人税法の全体を知らなくても,『受取配当等の益金不算入』だけは妙に詳しい,という人が多いようです。
 岡本先生の『原価計算』については,せめて目次だけでも眺めることにしましょう。

 『原価計算』の目次をざっと見てみると,大きく2つの体系があることがわかります。前半がタイトル通り『原価計算』であり,後半が『管理会計』です。話としては後半(管理会計)のほうが断然,面白い。しかし,その面白さを理解するには,前半(原価計算)の基礎知識が必要。結局,全体の面白さを味わうことなく書棚に積まれてしまうようです。

 今回は,『原価計算』の前半部分をさらっと見てみましょう。

 まず,原価計算は,3つの流れから構成されていることを知る必要があります。(1)費目別計算,(2)部門別計算,(3)製品別計算です。原価計算は(1)から始まって(2)を経由し,(3)でひとまず完結します。
 製造業に携わる人なら,個別原価計算,総合原価計算,実際原価計算,標準原価計算という用語は,一度ならず聞かれたことがあるでしょう。これらは(3)製品別計算に属するものです。こうした流れを学ばずに「これからの時代は,活動基準原価計算だ!」と一足跳びに行こうとするからメッキ不良,いえ,消化不良を起こすのです。活動基準原価計算は,後半(管理会計)の話です。
 で,前回まで取り上げてきた操業度の話はどこに登場するかというと,これは(2)部門別計算と,(3)製品別計算のところです。部門別計算において『基準』操業度を議論し,製品別計算において『実際』操業度との比較を行なうことになります。

「しかし,タカダ先生,これだけの『チョ~大作』を読みこなすのは,並大抵のことではありませんよ」
確かにその通りです。そのためにコスト計算の世界では,企業の数だけ「我田引水」的な理論や解釈が横行しています。原材料の購入代価と購入原価の区別ができないのはご愛敬として,価格と価額と原価と費用,これらの違いさえ理解されていないのが現状です。自社内だけの用語が,外で通用すると思い込んでいる人も多い。筆者の顧問先であるメーカーを訪問して最初に苦労するのが,各社に存在する『隠語』の解読作業です。

「法律のような規範となるものは,ないのですか?」
ありますよ。『原価計算基準』というものが。企業会計審議会というところから,昭和37年に公表されています。

 ただし,これは公表されてから1度も改正されたことがない『困ったチャン』です。財務諸表等規則や会社計算規則(旧・商法施行規則の一部)などは毎年のように改正されて,財務諸表等の用語や様式は全国的に統一されています。しかし,コスト計算に関する規範については,半世紀近くもの間,仮死状態が続いているのです。
 まぁ,『原価計算基準』の出自が,第2次世界大戦前の,海軍経理学校にあるということですから,それを民間企業に当てはめようということ自体に,そもそも無理があったといえます。

「戦艦大和やゼロ戦を作ったときのノウハウで,わが社で扱う半導体部品のコストを計算しろ,ということですか。時代錯誤もはなはだしいものがありますね」
玉砕する覚悟でコストダウンに取り組めよ,ということでしょう。

 ところで,先ほど会社計算規則というのが登場しましたが,その親ガメである会社法が2006年5月から施行されたことは,企業経営者であればご存じのはず。貸借対照表や損益計算書の様式がガラリと変わっただけでなく,株主資本等変動計算書という新しい財務諸表まで生まれました。

 過日,某ベンダー会社が制作している会計システムのバージョンアップに際し,新しい財務諸表等の様式チェックを依頼されました。株主資本等変動計算書の構造は一見,難しそうに見えますが,連結財務諸表の変異だと思えば何のことはない。とはいえ,中小企業などでは連結財務諸表を作成する例はほとんどないでしょうから,ここはITを駆使した会計ソフトの腕の見せ所,といったところでしょう。
 むしろ怖いと思ったのは,株主資本等変動計算書に係る注記事項の方です。特に中堅・中小企業の経営者の方々に対して一言だけ申し上げておきますと,注記事項の書き方を間違えると,同族会社の留保金課税の計算において留保税額が増額する可能性があります。また,みなし配当の計算にも影響が生じて,同族経営の多い中小のメーカーにちょっとした騒動を巻き起こしそうな予感がします。

 法人税法の『受取配当等の益金不算入』学習で挫折している場合ではありません。ベンダー会社から提供されるバージョンアップ・ソフトを鵜呑みにせず,顧問会計事務所で必ず相談を受けるようにしてください。ITは所詮,『二進法デジタル』の世界にすぎず,会計や税務といったアナログの世界まではサポートしてくれないのですから。


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/