部下が専門医を受診して,うつ病の診断が下った場合,上司としては部下の治療をバックアップしなければならない。

 部下のなかには,専門医から「会社を休むように」という指示を受けたにもかかわらず,会社を休んで治療することをためらう人もいる。まじめで仕事熱心な人ほどこうした傾向が強いものだ。こうした場合,上司としては,医師の指示どおり休むことを勧めるべきである。治療が遅れるほど,症状が悪化する可能性が高くなるからだ。

 あくまで目安だが,職場復帰するまでの休職期間はおおよそ3カ月かかる。6カ月やそれ以上かかることも珍しくない。

 上司としては,「1日も早く職場復帰してもらいたい」のが本音だろう。しかし拙速な職場復帰は,再発に結び付きやすい。じっくり時間をとって休むことが治療の第一歩であることを,ぜひ理解して欲しい。

励ましは部下の負担になる

 「自分は部下の信頼を得ている」と思っている上司に,特に気をつけて欲しいことがある。受け入れがたいかもしれないが,治療のために部下が会社を休んでいるときは,心配して上司から電話をしたり,会って話をしたりするのは,やむを得ない事務連絡を除いて,なるべく避けるべきだ。仕事のことを忘れて休養することが,ストレスが原因のうつ病を治療するうえで最も重要だからだ。「家にいるだけでは暇だろう」と考えて,在宅で仕事をさせるのは,論外である。

 休養中に部下と話をする機会があっても,「頑張れよ」,「早く良くなれよ」などと励ましてはならない。励ましは,部下にとって負担になり,かえって症状を悪化させる恐れがある。気晴らしをさせようと,飲食に誘い出すのも禁じ手だ。先述したように,うつ病にかかるのはまじめなタイプが多いので,誘われると無理をして外出してしまう。これがかえってストレスとなり,症状が悪化することがある。

 治療の過程では,ある日元気そうな声で連絡があったのに,また音信不通になるということがよくある。これは上司にとっては,忍耐を強いられるが,うつ病の治療では,症状が改善したり悪くなったりという波を繰り返しながら徐々に快方に向かっていくことを理解して,辛抱強く見守って欲しい。

 休養中に部下が出歩いている姿を見かけることもあるかもしれない。そんな場合も,「本当に病気なのか」と疑うのではなく,外出も治療の一環であることを認識すべきである。

 当然のことだが,部下がうつ病で長期離脱すると,上司やほかの部下に仕事のしわ寄せが来る。人事部門や上位のマネジャーにかけ合って,人員を補充してもらうのが理想的だが,筆者の知る限りでは,人員の補充があるケースは決して多くはない。しかし,本来は会社あるいは組織全体として対処すべきだろう。


菊地 章彦/臨床心理士 日本産業精神保健学会常任理事 ヒューマンリエゾン社長
中央大学文学部教育学専攻心理学専修卒,筑波大学大学院教育研究科修士課程(カウンセリング)修了。25年間にわたり大手通信会社のカウンセラーを務めたのち,1998年にヒューマンリエゾンを設立。大手電機メーカーなどのカウンセラーを務めつつ,個人向けにもカウンセリングを行っている。日本におけるカウンセラーの草分け的な存在。日本産業精神保健学会・常任理事,産業カウンセリング学会・理事

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