メンバー全員に求められる,配慮・遠慮・思慮

 筆者と相方がコラボレーションを始めた9年前は,デザイナーとプログラマ両対応の開発環境はなかったので,テキスト・エディタ(メモ帳)を使っていた。

 HTML+CSS+VBScriptのコードをメールに添付して送り合い,互いに変更を加えながら,完成に近づけていった。レンタル・スペースのIDとパスワードをプロバイダの許可を得て共有し,最後に作業を行ったほうがアップロードする。お互いの顔も声も知らず,メールのやりとりだけで,Dynamic HTMLやDirect Animation*1を使った実験コンテンツを作っていた。

 一つ屋根の下に暮らすようになった今でも,対面での打合せは,稀である。各々の家をつないでいたISDN回線が,各々の作業場をつなぐストレート・ケーブルに代わったに過ぎない。共有フォルダでファイルをやりとりし,メッセンジャーを使って話し合う。前回書いたようなプログラマ vs デザイナーの口論も,メッセンジャーを使ってテキストベースでやり合っている。

 筆者の取引先や,参加するプロジェクトのメンバーの居住地は,大半が東京もしくはその近郊である。メンバー間の面談は,1案件につき一度あればよいほうで,短納期の小規模案件ともなれば,オンラインのみで企画から納品まで突き進む。インターネット接続環境と責任感さえあれば,オンライン・コラボレーションが可能であることを,実体験を通して知っている。

 SOHOという働き方も,認知されてきた。筆者が参加しているSOHO団体では,ここ1年,SOHO準備中の参加者がグンと増えた。介護,出産,育児で,戦列を離れるデザイナーやプログラマが,キャリアをつなぐためには,やむをえない選択だ。

 オンライン・コラボレーションの基本は,「配慮」「遠慮」「思慮」である。デザインセンスや技術力以前に,コミュニケーションの相手を「おもんばかる」姿勢がなければならない。形式的な出社や顔合わせを強制するリーダーは,これからのプロジェクトを率いていけないだろう。

 また,イメージ思考がデザイナーの身上とはいえど,プログラマに対しては,論理的な表現で意志を的確に伝える能力が要求される。逆に,プログラマには,メールの行間から,デザイナーの立場や心情を読む共感能力が求められる。

プログラマの世界の変化が,デザイナーの仕事を変える

 コラボレーション開発を基本とするプロジェクトの成否に,大きな影響を及ぼす二つのポイントがある。一つはツールの進化。もう一つはボーダレス化だ。開発ツールの進化は,プログラマの世界を二極化する。そして,ボーダレス化は,工程に影響を及ぼす。

 ツールの進化については,例えばVisual Studio 2005(以降VSと略す)を試してみれば一目瞭然だ。従来ならコードを何十行も書かなければならなかった処理が,簡単な操作で実装できてしまう。とりわけ,データベース接続*2や認証*3ついては驚異的なコードレス化が実現している。

 ツールの使用でコーディングが省力化できるようになると,新しい価値を創り出すことが得意な者は,開発テーマを提案したり,新しいアルゴリズムやプログラミング技法を考案することに専念するようになる。一方,開発ツールを使いこなすことに長けた者は,仕様書に従った実装の専任となる。その昔,DTPソフトの進化によって,デザイナーがDTPデザイナーとDTPオペレータに分かれたのと同様に,Microsoft系の技術者であれば,VSプログラマとVSオペレータに分かれるというわけだ。

 そして,さらにツールが進化すれば,VSプログラマは二つに分かれる。人には,視線を自らの内に向ける者と,外に向ける二つのタイプがある。内部情報(=脳内情報)から湧き上がるイメージを形にしていく者と,論理的思考で外部情報(=技術情報)を組み合わせる者とに分かれる。前者はプログラマとして残り,後者の中心業務はディレクションになるだろう。

【図1】筆者が考える,デザイナーとプログラマの仕事の変化

 一方,ボーダレス化とは要するにオフショア化である。最近,それを実感する出来事があった。あるデザイン会社から開発費の試算について相談があり,顧客の要求する機能をすべて実現するにはとても予算が足りないと筆者は回答した。ところが,そのデザイン会社は,企画通りの実装を強行するという。聞けば,労働単価が桁違いに安い,アジアの某国に外注するつもりらしい。言葉の壁があっても,開発言語やプラットフォームを共通化することでそれが可能と判断したというのだ。今後,技術提案のできるプログラマは国内で調達し,それ以外の部分は海外のオペレータを使うようなオフショア化はもっと増える可能性がある。

 とはいえ筆者は,国内向けWebサイトのデザインの仕事が,海外への発注によって減ることは,まずないだろうと考えている。というのも,デザイナーのイメージ思考と感性は自動化できず,日本の原風景の中で培われた美意識は労働単価では測れないからだ。

 それでも,コラボレーション相手であるプログラマの世界が変わると,デザイナーも少なからず影響を受ける。これからは,仕様書を読みきって完全なデザインを起こし,プログラマと共通の開発ツールを使いこなして,画像ファイルとデザイン・コードをオペレータに渡す必要が生じるようになる。プロトタイプを動作させて表示画面を見てからでなければイメージを喚起できない,試行錯誤タイプのデザイナーにとっては,厳しい時代となるかもしれない。

独創性は,コラボレーションから生まれる

 そういう時代になっても,ただ一つ忘れてはならないことがある。プロジェクトとしてコンスタントな売り上げを続けることが,コラボレーションの到達点ではない,ということだ。単なる役割分担に終わらせるのではなく,縁合って知り合ったプロジェクトのメンバー同士が,お互いの成長を見届ける場として活用したい。

 独創性のあるプログラムには芸術的な感性が不可欠である。ここで言う芸術的な感性とは,実物そっくりに写しとる絵心や,細密な線を描く手先の器用さや,バランスの良いレイアウトを瞬時に決められる経験値のことではない。イメージで考え,その中に一貫した論理を見いだす力とでも言えばよいだろうか。

 デザイナーは,そのイメージ力で,プログラマが向上精神を忘れがちになるのを阻止しよう。プログラマがWeb上の情報や書籍を調べればわかる常識的なコードや,先駆者に聞けば解決できるコードしか書かなくなったら,プロジェクトの成長はない。先に書いたように,プログラマであり続けるには,イメージ思考が必須である。デザイナーのイメージで考える方法を,プログラマも会得しよう。

 デザイナーは,あいまい糢糊としたイメージを体系立ててコードに置き換える方法を,プログラマから学んでいこう。ユニークなアイデアも,コードに置き換える技術を持たなければ,日の目を見ない。プログラマには一笑に付されるようなアイデアほど実現しなければならない。発想が独創的であればあるほど,文や式や図といった既存の表現方法で,相手に伝えることは難しいものだ。デザイナーは自ら開発ツールを使えるようになろう。ツールもどんどん進化するから,プログラミングへの敷居は桁違いに低くなっていく。技術が苦手だという人も恐れることはない。

 以上のことは,自戒の意味も込めて書いている。

 相方と,コラボレーション・ユニット「PROJECT KySS」を結成したとき,私たちはプログラマがデザインをできるようになり,デザイナーがプログラミングをできるように研さんし合い,新しい何かを作り出そうと考えていた。だが,この9年間の活動で,筆者たちのように独学でパソコンを使ってきた世代には,相互研さんは不可能だとわかった。また,協業からは,一定レベル以上のものを生み出せないということにも気づいた。

 コラボレーションはジャムセッションやハーモニーを生み出すが,作曲には適していないのである。独創的なものは,プロジェクトからではなく,プロジェクトの個々のメンバーからしか生まれない。だから,メンバー全員が自己研さんし,プログラマはイメージで新しい処理を発想し,デザイナーはアイデアを実装する技術を身に付けて,新しい何かを見つけていこう。そうすれば,デザイナーとプログラマの組み合わせに一つではなく,メンバーの数だけ,発想が形になっていく。

 メンバー全員が,従来にない全く新しいビジネスモデルやアルゴリズムやユーザー・インタフェースを生みだす力を身に付けたとき,そのプロジェクトは,どのような社会変化にもフレキシブルに対応できる,最も強固でかつ人的資源の融通の利くものとなるだろう。

【デザイナーのための技術用語解説】
*1 Dynamic HTML,Direct Animation
 DynamicHTMLは,サーバーサイド処理に依存することなくコンテンツをクライアントサイドで動的に更新する技術。Direct Animationは,アニメーションを実現するマルチメディア・コントロールで,Dynamic HTMLと組み合わせて使う。

*2 データベース接続
SQL Serverデータベースや,データベースとして扱うXML文書などに対して,その中のデータを読み込んだり,書き込んだりするなどの処理ができるように,データベースにアクセスできる状態を確立すること。

*3 認証
ユーザー名やパスワードで,Webアプリケーションを利用する権限があるかどうか,またアクセスしているのが正規のユーザーかどうかを判別させる方法。

PROJECT KySS(プロジェクト・キッス)
薬師寺 国安(やくしじ くにやす,フリープログラマ)と,薬師寺 聖(やくしじ せい,個人事業所SeiSeinDesign自営,http://www.SeinDesign.net/)によるコラボレーション・ユニット。1996年,聖が勤務先で地域ポータルを企画制作,これを訪問した国安と知り合う。ActiveXユーザー同士で意気投合し,翌年「PROJECT KySS」結成。1999年よりXMLとDHTML利用のコンテンツ開発,2000年にはCMSツール開発と,一歩進んだ提案を行い続けている。XMLに関する記事や著書多数。両名ともMicrosoft MVP for Windows Server System - XML(Oct 2004-Sep 2005)。http://www.PROJECTKySS.NET/