今回は,電子メールやインターネット私的利用の法的な問題や,企業による従業員の電子メールやWeb閲覧のモニタリングについての注意点を取り上げていきます。

 財団法人労務行政研究所が実施した「インターネット等の私的利用に関する実態調査」によれば,インターネット/電子メールの私的利用ルールについて,ほぼ半数弱の企業が就業規則やパソコン管理規程などで定めています(注1)。この調査によると,Webサイト閲覧を全面禁止する会社が約8割,電子メールの私的利用を全面禁止する企業は約9割にも上っています。この結果を見る限り,セキュリティ対策が進んでいると思われる大企業の多くでは,電子メールなどの私的利用は全面禁止となっているのではないでしょうか。

 このようなルールが策定されている理由の一つは,セキュリティ上の問題です。あやしげなWebを閲覧するとコンピュータ・ウイルスに感染する可能性があります。電子メールも情報漏えい手段の一つになります。


出会い系サイトへの投稿で懲戒解雇の判例も

 電子メールやWeb閲覧の私的利用に関する法的な問題点はいくつかあります。一つは,従業員の私的利用行為がそもそも許されるのか,職務専念義務違反の問題となるのではないかという労働法の観点からの問題。もう一つは,事業者側が私的利用をチェックしたり,モニタリングすることが,プライバシー侵害になるのではないかという問題です。

 まず,私的利用と職務専念義務違反の問題ですが,判決例もいくつか出ています。裁判では,会社側がメールを私的利用した従業員を懲戒解雇し,解雇された従業員が解雇の無効を争う形が多いようです(もちろん懲戒解雇に至らない懲戒処分の場合もあります)。ただし,裁判の多くでは企業は私用メールだけで従業員を解雇しているわけではなく,他の懲戒事由と併せて懲戒解雇処分を行っています。

 例えば,ある技術専門学校の教員が,勤務先から貸与された業務用パソコンを利用して出会い系サイトに投稿し,出会い系サイトで知り合った女性と学校のアドレスで多数のメールを送受信したことで,懲戒解雇されたという事件があります(注2)

 この事件では,1審と2審で判断が分かれました。1審判決は,懲戒解雇事由に一応該当し得るとしつつも,職務規律違反が重大でない,パソコンの使用規程がない,他の職員も私的に利用していたなどの理由で,懲戒解雇は解雇権の濫用に当たるとして,事業者側敗訴の判決を下しました。しかし2審判決は,性的関係を求める内容の投稿でメール・アドレスを第三者から閲覧可能な状態にしていたなど,学校の名誉信用を傷つけるもので,パソコンの使用規程の有無では背信性は変わらないと判断。懲戒解雇をやむを得ないものとしています。

 この事件は,学校の教員,出会い系サイトへの投稿といった点で一般化できるものではありませんが,私的利用が懲戒解雇事由になり得ることを示しています。私用メールであっても,その利用態様によっては会社の名誉,信用を毀(き)損し得ることということです。

 なお,この事件の高裁判決も,すべての私用メールが職務専念義務違反になると判断しているわけではありません。この事案の場合には,職務専念義務違反の程度が著しいと判断されているにすぎません。ある東京地裁判決(注3)では,就業規則に特段の定めがない限り,社会通念上相当と認められる限度で,私用メールを送受信しても,職務専念義務に違反しないと判断しています(注4)。私用メールといっても,頻度,内容,職務時間外か否かなどの事情によっては,職務専念義務違反にならない場合もあるということです。


日常化した規定違反は懲戒事由にならない

 ここまで電子メールの私的利用の話を中心にしてきましたが,専門学校事件判決がそうであったように,Webの閲覧,掲示板の書き込みも,職務専念義務違反の問題となり得ます。

 最近では愛媛県が,勤務時間中に職場の公用パソコンを使い自分のブログに書き込みなどをしていた職員を,職務専念義務違反であるとして,戒告の懲戒処分にしたことを発表しています。ブログ,SNSも法的には私用メールと同様に取り扱われると考えられます。

 なお,技術専門学校事件の高裁判決では,パソコンの使用規程の有無によって判断に影響はないとしています。しかし,東京地裁判決では,「就業規則に特段の定めがない限り」と規程の有無を問題にしていますので,企業側の事前対策としては,パソコン,電子メールなどの利用規程の策定は必要です。

 また,技術専門学校事件の1審判決でも指摘されていたように,他の職員による私的利用などの規程違反が日常的に反復していたような場合には,利用規定違反が懲戒事由とならないおそれが出てきます。規程を策定することはもちろん必要ですが,策定しただけで終わらず,日常的に違反行為が認められた場合には指導する,悪質な場合は懲戒を行うなどの対応が必要になるということです。

 そうなると,規定に違反する私的利用をどのように発見,チェックするのか,といったことが問題になってきます。そこで,次回は私的利用行為に対するモニタリング,社内調査を実施する上での注意点を取り上げます。

(注1)なお,同調査によれば,1000人以上の大手企業では7 割以上がルールを定めてお,中小企業との温度差がうかがえる
(注2)福岡地裁久留米支部平成16年12月17日判決,福岡高裁平成17年9月14日判決
(注3)東京地裁平成15年9月22日判決
(注4)この判決では1日,1,2通程度のメール送信は,社会通念上相当な範囲内としています


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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。