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丸田一(まるた・はじめ)

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)副所長/教授

1960年生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。UFJ総合研究所主席研究員などを経て、2005年7月より現職。関心領域は、情報社会学、地域情報化研究、情報文明論。地域情報化活動の支援団体であるCANフォーラムの運営委員長も務める。著書に『地域情報化の最前線』(岩波書店)、『地域情報化 認識と設計』(丸田一+國領二郎+公文俊平共編著、NTT出版)など。

 『地域情報化 認識と設計』という書籍を5月に刊行しました。この本は地域情報化の研究分野では、初めての教本といえるものです。本のタイトルには、「認識と設計」というあまり馴染みのない成句が含まれています。

 これは、研究面から言えば、「あるものの探求」に終始してきた従来の狭い認識科学の枠を超えて、「ある“べき”ものの探求」を行う新しい設計科学を目指すべきという意図があります。

 一方、実践面からは、地域情報化の活動に関わっている皆さんに、「地域情報化についての認識をさらに深めて、地域の設計を始めてもらいたい」という強い希望を込めたものです。

 それでは「地域の設計」とはどういう意味でしょうか。「設計」に似ている言葉に「計画」があります。地方自治体も中央政府も、一般に「○○市総合計画」「第□次××計画」といった「計画」が得意です。

 どちらも、行為の手順を示したものですが、両者には大きな違いがあります。多くのケースで「計画」を「設計」の前工程に位置づけているように、一般に「計画」は「設計」に比べて包括的であり、説明的です。一方「設計」は、問題解決の効果が問われる意味で実践的ソリューションといえますが、影響を及ぼす範囲は限定的、局所的です。

■「設計」の思想が成果をもたらす

 そして、設計と計画の最も大きな違いが、「創発」を受け入れるか否かです。

 創発とは、個別の「設計の実践」――例えば「施工」「実装」などの局所的な動きが寄り集まることで、単なる動きの総和とは異なる高度で複雑な全体秩序が立ち上がる現象です。そこからは、「計画」を超えた構造の変化や、予期していない創造が誘発される可能性が高いのです。

 しかし創発は、いつどんな形で起こるか分からない現象で、これを事前に把握することはできません。従って「計画」は創発を受け入れませんでした。

※編集部注 「創発」については、ised@glocomのスタッフが作成しWeb上で公開している 「創発」について のキーワード解説が、ガイドとして参考になるだろう。

 計画経済を強調した社会主義の登場以来、20世紀は「計画の時代」だったと言えるでしょう。しかし、1世紀にわたる「計画」の死屍累々をみるにつけ、最近では「計画」に時間とエネルギーをかけるより、「計画」を飛ばして、直面する問題解決のため局所的な「設計」に注力したほうが良い結果をもたらす、という考えが力を持ちつつあります。

 インターネット市民塾(富山市、和歌山市など)、鳳雛塾(佐賀市、富山市など)、シニアSOHO(東京都三鷹市など)、建築市場(鹿児島市)、お笑い島計画(新潟県佐渡市)、住民ディレクター活動(熊本県山江村)、地域SNS(熊本県八代市など)といった地域情報化の先進事例をご存じでしょうか。これらはすべて、「設計」で住民の力を結集することに成功した例です。それも、従前の「計画」以上の効果を上げているところが驚きです。

 まだこうした「設計」の数が少ないことから、「創発」が起こるまでに至ってはいません。しかし、「設計」を通じて一人ひとりの住民が発揮する能動性(アクティビズム)は、組織や地域の全体を変えつつあります。こうした草の根の動きは、21世紀が「設計の時代」であることを予感させます。