三井 英樹

 「使い勝手の良いアプリケーション」とは,どのようなものでしょうか。いろいろと考えているうちに,一昔前の家庭の一コマが頭に浮かびました。

 着物姿のお父さんが「おーい」と言うと,奥さんがその時々に応じて,お茶やお風呂や,まさにお父さんが欲するものを準備するというシーンです。

 この「『おーい』対応システム」を実装するには,お父さんの「要求」を列挙し,その「要求パターン」をリサーチし,それぞれに対する「対応」を設定し,「実行」すればよいわけです。「愛情」のかかわる高度なセンサーを除外して考えると,やっていることはシンプルです。

 面白いことに,実は「要求」のバリエーションは多くありません。ドラマなどを思い出す限りでは,お茶/食事/お風呂/布団の約四種類のみかもしれません。それぞれを意味する「おーい」という言葉を察知しさえすれば,「対応」が可能になります。

 この「『おーい』認識システム」は,実は音声解析の分野ではなく,時間によって解釈したほうが正確かもしれません。毎日同じリズムで生活する人の要求を解釈するには,言葉のトーンによる判断よりも,時間帯や帰宅時間からの差分的時間によっての決め打ちの解釈や,重複を許さない単純な順番による解釈で十分である可能性は高いでしょう。

 システムが「愛情」を評価判断することは,できたとしてもまだ先のことです。音声認識システムも,この程度の要求に対応するだけなら投資対効果の面で実装できないでしょう。ある程度の誤動作(お茶を要求しているときに食事を出すなど)が許されるのであれば,単純な仕組みで,顧客(この場合は「お父さん」)の満足は得られると考えられます。

システムへの展開

 こうした考えをシステムに応用すると,どうなるでしょうか。次世代アプリケーションが,ストレス無く何か要求を満たすものとするならば,上記のような「ちょっとした工夫」がヒントになるかもしれません。

 システムが「実行」できることには限界があるので,「データ処理」に限定して考えてみます。人間を相手にするアプリケーション(システム)で,やっていることの基本線は以下の通りです。

  1. やりたいこと(処理したいことがら)を明記する=アプリケーションのメニューに当たります
  2. (人間が)処理しやすい形式を提供する=入力フォームを表示することに当たります
  3. (人間に)入力作業をさせます
  4. そのデータを受け取って処理します

「『おーい』対応システム」を参考にできる個所は,「2. 処理しやすい形式を提供する」です。従来型システムは,単純に(コンピュータが)処理しやすい情報の入力を方法を第一に考えてきました。しかし,それは人間にとって,迷ったり不愉快に思えたりする場合が多かったのです。

 不愉快に感じることも無いほどに広まってしまった,そうしたシステムの例としては,以下のものがあります:

loginして操作するのに,申請の度に所属部署名を入力させる社内システム
-> 人事データベースから自動的に補完すればよい


上の設問で性別を答えているのに,他方の質問が延々と続くアンケート・システム
-> 性別によって「次の質問」を変更すればよい


利用する度に毎回同じような情報を入力しないと,次に進めないシステム
-> 入力履歴を管理し,入力の手間を省くように補完すればよい

 もちろん,システムが補完したりするには開発コストもかかりますし,セキュリティ系への配慮も必要なのでそう簡単にはいきません。しかし,そのシステムを利用しているユーザーが迷ったり不愉快に思ったりして,モチベーションが低下するのを防止することは可能となります。

 そうした考え方を大切にする土壌には,二方向のベクトルがあります。一つは,「人間の処理スピードが,データ処理のボトルネックになっている」とするものです。単純計算に限って言えば,CPUのスピードは人間をはるかにしのぎます。人間に求められているのは,人間にしかできない判断の部分が中心になってきています。誤解を恐れずに言えば,システムの処理は,人間を介さないほうが効率的にまわるのです。ですから,人間が触れる部分を最小にすることは,そのシステムの最大のチューニング・アップになります。

 もう一つのベクトルは,コストです。CPUの低下価格化によって,人件費への注目は高まっています。情報処理の対象にも依りますが,人間が入力する部分を少なくするほど,システム全体の運用コストは低下します。また逆に,単価の高い人が考えやすい「場」を提供するという方向にも考えられます。労働単価の高い証券アナリストに,個別銘柄の情報収集からやらせるよりも,情報収集までをシステムが行い,その人には判断だけをさせるほうが,コストパフォーマンスは確実に良くなります。


今まで人間がやってきたことを肩代わりする

 どちらの考え方のベクトルを採用するにせよ,システムがやっていることは,「今まで人間がやってきたことを肩代わりする」ことです。人間にはもっと本質的な判断をしてもらう,もっと仕事をしやすい環境を提供するので全力を出してもらう,ということです。

どうやって実装する?

 もう一度,前述の「『おーい』対応システム」を見てみます。こうしたものがいまだ機能していた時代であっても,実は甲さんの奥さんが乙さんの「おーい」に対応できるかというと,恐らくそれはかなり難しかったと思われます。甲さんの奥さんは「甲さん」の生活パターンを知っていたから,誤動作の少ないシステムを「甲さん」に提供できたのです。

 これは,Webシステムの根幹にかかわるものです。「生活パターン」のような情報を得ていない限り,誤動作の少ないシステムが作れないとしたら,Webシステムは窮地に陥ります。Webは時間も場所も超越したと言われます。特にB2C型Webシステムでは,利用者の時間も利用場所も千差万別で,ユーザーの状況を想定しづらいのが現状です。システム開発者が利用者の生活パターンを熟知することができにくいのです。

 ですので,それがわかる仕掛けを施す必要が出ています。会員登録制にして「属性」を入手したり,アンケート情報を活用したりします。そうした「仕掛け」から得られた様々な情報を活用して,利用ユーザーの利便性を高める工夫が必要になってきているのです。

 甲さんの奥さんが,甲さんに満足を与えるのは,何もお茶の立て方が上手いからだけではありません。甲さんの生活パターンを言わずとも知っていてくれているからです。このような封建的とも隷属的とも取れる「接客」は今後,人間をベースには広まらないでしょう。

 しかし,システムは違います。システムの置き場所を一般的には「サーバー」と呼びますが,これは「サーブする(仕える)者」という意味です。今,ようやくシステムはRIA技術を手に入れて人に仕えることができるようになってきています。人に不愉快な思いを感じさせないで,情報入力をさせる(してもらう)ことができるようになりつつあるのです。

 システムが変化してきている限り,開発者も変化を求められます。「お茶を立てる」という技術だけでは,お客様は満足しません。「データベースの最適化」という技術だけでも,顧客は満足しない時代が始まっています。人の機嫌までも感知しろとは言われませんが,時間やlogin情報や状況によって,人に考えさせないシステムは,遠くない未来に必須的な「作法」として位置づけられる予感がします。

 そういったことを含めて,「デザイン(設計)」という言葉が再定義され,強められていくのかもしれません。デザイナーもエンジニアも,利用者の生活パターン,思考パターンといったモノを想定できる「想像力」がますます要求されていくでしょう。「気持ちよく使っていただく」ことの価値は上がるしかないのですから。


三井 英樹(みつい ひでき)
1963年大阪生まれ。日本DEC,日本総合研究所,野村総合研究所,などを経て,現在ビジネス・アーキテクツ所属。Webサイト構築の現場に必要な技術的人的問題点の解決と,エンジニアとデザイナの共存補完関係がテーマ。開発者の品格がサイトに現れると信じ精進中。 WebサイトをXMLで視覚化する「Ridual」や,RIAコンソーシアム日刊デジタルクリエイターズ等で活動中。Webサイトとして,深く大きくかかわったのは,Visaモール(Phase1)とJAL(Flash版:簡単窓口モード/クイックモード)など。