■ITベンダーのお仕事にとってお客様とのトラブルはつきものです。システム障害、プロジェクトの大幅遅延、急な仕様変更、無茶な値下げ要求。こちらのミスもあれば、理不尽なお客様の一方的な攻撃もあります。今回から様々な交渉トラブルを乗り越える術について、心理学的な要素も交えて解説していきます。

(吉岡 英幸=ナレッジサイン代表取締役)


 お客様に納入したシステムが障害を起こした。サーバーがダウンした。それだけでも心臓が凍りつくのに、緊急の対応をしても復旧までに、なお時間がかかることをお客様に了解いただかなければならない。

 あるいは、お客様の一方的な事情で仕様変更を要求された。しかし、このままだと工期が大幅遅延する。工期遅れか、追加コストの発生かのどちらかを呑んでもらわなければならない。

 はたまた、受注はしたいが、お客様から大幅な値引きを要求されている。なんとか粘り強く料金交渉しなければならない。

 などなど、ITベンダーにとって針のムシロでタフな交渉を要求されるシチュエーションは日常茶飯事だ。

 完全にこちらに責任のある場合もあれば、相手の理不尽な要求に一方的に苦しめられることもある。ただ、ひたすら頭を下げて嵐が過ぎ去るのを待つだけならいいが、そんな状況下でもお客様にこちらの要求や条件を呑みこませないといけないときがある。

 そんなトラブル時における交渉術について考えたい。

トラブル時に目線を外すと負け

 どちらに責任があるかに関わらず、「売り手」であるITベンダーの立場は総じて弱い。こちらのミスがはっきりしている場合などは、食物連鎖の最下層に位置する小動物のように小さく、小さくなってしまう。

 深々と頭を下げ、目線も下を向いたままになりがちだ。しかし、これがイケナイ。トラブル交渉の際に誠実で低姿勢な態度で臨むことは重要だが、いくら低姿勢であっても、決して目線を相手から外してはいけないのである。

 できることならその場を逃げ出したいくらいなのだから、相手の怒り狂った顔など凝視したくない気持ちはよく分かる。しかし、そういうときこそ相手の目をまっすぐ、しっかりと見つめなければいけない。

 これはトラブル交渉における第一の鉄則である。

目ヂカラのある方が正義となる

 人は、自分に自信がなかったり、やましいことがあったりすると目線を外しがちだ。逆に言うと、相手をまっすぐ見つめる方に正義があるように感じてしまう。

 トラブル時の顧客の心情は複雑だ。 「エライことをしてくれたな。いったいどうしてくれるんだ」 という当然の権利意識と、 「オレって、怒りすぎかな。ちょっと理不尽になっているかな」 という戸惑いの気持ちの葛藤にある。

 そんなときに、目線をあわさない、まったく目ヂカラのない人間を相手にすると、「これぐらいの要求をしても当然だ」と、自分の権利意識が背中を押されたような気持ちになる。

 逆に目ヂカラのある人間を相手にすると、「ちょっと無理な要求はやめておこう」という歯止めの意識が働く。まさに目ヂカラの対決なのである。

目ヂカラのある人に理不尽な要求はできない

 人間、相手に何らかの要求をするとき、相手の責任を客観的に見積もる理性と、相手にどれだけ強い態度に出られるかという直感が微妙に交錯している。

 直感的に相手より自分が強いと感じると、要求>責任という思考になり、逆の場合は要求<責任という思考になる。その「直感」を左右するのが目ヂカラなのだ。

 これはすべての交渉において言えることだ。目ヂカラのある人間は顧客も不条理な値引きを強要しにくいし、理不尽な要求も出しにくい。反対に目ヂカラのない人間は相手につけこまれやすく、相手の理不尽な要求がエスカレートしやすい。

 ケンカもにらみ合いで90%は決着がつくのと同じ。相手が弱そうであれば、こちらは強くなった気になり、相手はいっそうひるむことになる。

 ですから皆さん、いざトラブル発生のときは、姿勢は低く、口調は穏やかに、しかし、目ヂカラでは絶対に負けない。これをぜひ鉄則としてください。


著者プロフィール
1986年、神戸大学経営学部卒業。株式会社リクルートを経て2003年ナレッジサイン設立。プロの仕切り屋(ファシリテーター)として、議論をしながらナレッジを共有する独自の手法、ナレッジワークショップを開発。IT業界を中心に、この手法を活用した販促セミナーの企画・運営やコミュニケーションスキルの研修などを提供している。著書に「会議でヒーローになれる人、バカに見られる人」(技術評論社刊)。ITコーディネータ。